デジタル印刷とオフセット枚葉印刷のCO2排出量の比較調査
掲載日: 2009年08月21日
デジタル印刷とオフセット枚葉印刷のCO2 排出量の比較調査が試みられている。1部あたりの「印刷工程のみ」にかかるCO2排出量だけを比較すると、部数が少ない場合はデジタル印刷が環境優位性を持っていることが確認できた。
理由は無版と有版および予備紙枚数の差である。さらにCO2排出量の分岐点はシミュレーションでは7,000部前後が分岐であると推測される。
1.デジタル印刷とオフセット枚葉印刷のCO2排出量の比較調査
環境負荷という視点で、デジタル印刷と枚
葉オフセット印刷との比較調査を行う。デジタル印刷とオフセット印刷とはコスト比較される場合があるが、今回環境負荷のひとつであるライフサイクルにおけ
るCO2排出量について、デジタル印刷とオフセット枚葉印刷との比較を試みた。
なお、デジタル印刷機メーカー、製本機メーカーおよび印刷会社等の協力を得て、各装置の消費電力の実測値またはメーカーのシミュレーション値等を用いてCO2排出量を算出することができた。
【注記】
ライフサイクル(LCA)でのCO2排出量を算出する場合、有版方式のオフセット印刷では原材料の一つとして版を計上することになる。このために試算の結果、刷版工程のCO2 排出量が全体の4~50%弱(7,000部~300部)を占めた。
今回の試算では版のCO2排出量は、アルミニウム製造のボーキサイト採掘(海外)からを積み上げた結果を2 次データ(バックグランドデータ)として採用した。
こ
れは、PCR(Product Category
Rule、商品種別算定基準)ではクローズドループリサイクルを原材料に反映させることが原則になっているためである。現実にはCTP
版のリサイクル率がほぼ100%であることを考慮すれば、実際のCO2排出量は桁違いに下がるだろう。
従って今後、印刷版におけるアルミニウムのリサイクルの扱いについて、製版業界としての一定ルールを示す必要性がある。
(1)CO2排出量の比較調査方法
「CO2の見える化」により低炭素社会づくりをめざすとして2009年度から試行的な導入が計画されているカーボンフットプリントがある。商品のライフサイクルにおけるCO2排出量をPCRに基づいて算出する。
現在、国において統一的なPCRの策定基準を取りまとめている段階であるため、今回は(株)トークの印刷物CO2排出量算出・積算ソフト「カーボンアイ」を利用して印刷物CO2排出量の算出を試みた。
(2) 対象印刷機の仕様
1)オフセット枚葉印刷機
菊半裁オフセット枚葉機、片面4色(印刷速度、出力速度:毎時10,000枚)
2)デジタル印刷機
オフセット枚葉印刷と同等な印刷品質を持つと考えられる、下記の電子写真方式のデジタル印刷機について調査した。基本はカット紙タイプでA3サイズでの出力である。
機 種 名
|
イメージ ング |
解像度 |
トナー
|
印刷速度
(A4 判片面4色)
|
Indigo Digital Press 7000 |
半導体レーザー |
800×1,600dpi
Single-bit |
液体 |
毎時7,200枚 |
Kodak NexPress S3000 |
LED アレイ |
600dpi
Multi-bit |
粉体 |
毎時6,000枚 |
DocuColor 8000AP |
半導体レーザー |
2,400×2,400dpi
Single-bit |
粉体 |
毎時4,800枚 |
試算に用いたデジタル印刷機
(3) 印刷物の仕様
2種類のサンプルを設定、仕上がりサイズは共にA4。
サンプルA は本文24頁、サンプルB は本文28頁にした。両サンプルとも、本文・表紙ともに4 色の両面で、サンプルごとに部数を「300部、1,000部、3,000部」とした。さらにデジタル印刷とオフセット印刷のCO2排出量分岐点を求めるために「4,000部 5,000部 7,000部」でのシミュレーションもあわせて行った。
予備枚数は、デジタル印刷機ではA3判1台あたり10枚、オフセット枚葉印刷機は市販の見積もりソフト((株)トーク「ミツモザウルス」)から算出した。
(4)CO2排出量算定条件
カー
ボンフットプリントはLCA(Life Cycle
Assessment)の手法によって、原料調達段階から生産、通・販売、使用・維持管理、廃棄・リサイクルまでの段階で排出される温室効果ガス
(GHG)を計算る。GHGは地球温暖化係数(GWP)を使って、CO2排出量に換算する。このカーボンフットプリント制度を参考にして設定した印刷物のCO2排出量の算定基準を以下に示す。
1.計算範囲 |
CO2排出量算出に当たって、LCA のステージでは以下の5段階
1)原材料調達 ②生産 ③流通・販売 ④使用・維持管理 ⑤廃棄・リサイクル
(ここでは②の生産段階部を中心に印刷工程として「刷版」「印刷」「製本」「輸送」に限定して算出) |
2.算出する材料とデータ出所 |
1)用紙:用紙実数と印刷予備数の合計値 用紙LCIデータ(日本製紙連合会/LCA 日本フォーラムDB)
⇒用紙予備枚数の計算は市販積算ソフト値を適用、デジタル印刷機はA3判1台あたり10枚とした
2)印刷版(CTP 版) 数値はCTP 版の1kg に対するCO2排出量
⇒ボーキサイト採掘-アルミナ製造-電解-1次地金-海上輸送
計9.218 ㎏-CO2 (日本アルミニウム協会LCIデータ/平成17年3月23日)
⇒圧延 0.642 ㎏-CO2(日本アルミニウム協会LCI データ/平成18年2月10日/LCA日本フォーラムDB)
⇒印刷版製造工程 データなし
⇒印刷版使用時 0.198 ㎏-CO2(東レ(株)公表データ) |
3.除外材料 |
・インキおよびトナー(トナーのLCIデータが未公開であるため、オフセットインキも計算から除外した)
・パウダーなどの補助剤、針金、製本のり、梱包資材(包装紙、ガムテープなど)
(PCR でのカットオフルールを適用した) |
4.計算除外項目 |
製造後の使用・維持管理、廃棄・リサイクルの段階は除外した
1)用紙:メーカー⇒代理店⇒卸商⇒印刷会社間の輸送
2)刷版:印刷版の輸送 メーカー⇒販売店⇒印刷会社間の輸送 および間接電力(照明、空調など)
3)印刷:照明、空調などの間接電力、フォークリフト
4)印刷から製本、製本装置間の輸送
5)印刷物使用時(配布に伴う)の輸送
6)製本工程の間接電力 |
5.排出原単位 |
1)消費電力:電気事業連合会2007公表値(2008年9月改定 0.453 ㎏-CO2/1kwh)
2)輸送:改正省エネ法/燃費法を適用 |
6.製造時電力 |
1)デジタル印刷機メーカー3 社の実測値とシミュレーションデータ
2)製本機メーカーの実測値
3)オフセット枚葉機は印刷会社の実測値とシミュレーションデータ |
印刷物のCO2排出量の試算に関する条件設定
2.印刷物のCO2排出量の調査結果データ
サンプル別にオフセット印刷とデジタル印刷(3機種平均値)を試算した。オフセット印刷ではCTP版リサイクル率0%とリサイクル率90%の2パターンを計算した。
*CTP 版リサイクル率0%:LCAの算出方法に準拠した値
刷版工程で使用するCTP版の材料(アルミ)をボーキサイトからアルミナ(地金)にするエネルギーを加算
*CTP 版リサイクル率90%:参考値(今後、製版業界としての一定ルールを示す必要性がある)
CTP 版は現実にはほぼ100%リサイクルされるため、新地金を10%使用した値(加重平均値)
を想定して、リサイクル率90%として算出
3.印刷物のCO2排出量の調査結果
(1)デジタル印刷は部数によるCO2排出量に大差がない
2つのサンプルは本文ページ数が異なっている。
オフセット印刷では中途半端なページ数=28ページの場合、部数が少ないほどCO2排出量が増えるが、これは刷版数が増えるためである。一方デジタル印刷は、部数の変動があってもページ数の増加率である15%前後でCO2
排出量に変化が無い。加えて、印刷部数の増減で印刷物1部あたりの電力消費量に大きな変化が見られないのもデジタル印刷の特色を示している。
(2) デジタル印刷のCO2排出量は用紙が占める
CO2排出量の7~8割が用紙で、残りを印刷工程が占める結果となった。デジタル印刷はこの構成比は部数が変動してもほぼ同じなので、用紙がCO2排出量の4分の3を占める割合は変わらない。デジタル印刷での紙の予備枚数はすべて10枚とした。
(3) オフセット枚葉印刷のCO2排出量には刷版と予備紙が寄与する
刷版工程のCO2排出量が大きく、全体の4~50%弱を占めている。参考に、MAN ROLAND
は版として2%を報告している(パンフレット”Subject of Print-eco balance”@drupa
2008)。ライフサイクルでのCO2排出量を算出する場合、オフセット印刷では原材料の一つとして版を計上する。一方、印刷データのハンドリングは、デジタル印刷もオフセット印刷もともに必
要になる(今回は、ともにカットオフとした)。
この版のCO2排出量を算出するために、アルミニウム製造のボーキサイト採掘(海外)からを含めた結果を2
次データ(バックグランドデータ)として採用したが、CTP版のリサイクル率がほぼ100%であることを考慮すれば排出量は桁違いに下がるだろう(PCRの中ではオープンループリサイクルを扱わないがアルミニウムのリサイクルの扱いについては製版業界としてルールを示す必要性がある)。
そこで、今回の試算では、CTP版のリサイクル率0%と、リサイクル率90%のシナリオを設定した。また、CTP 版について、今回の300
部~7,000 部まで(4,000~7,000部はシミュレーン)の部数変動では各1枚の刷版使用となった。
したがってCTP版は一定部数までの耐刷性があるため部数の増加によって1 部あたりの刷版工程のCO2排出量比率は低減する。
オフセット印刷にはもうひとつ、予備紙(損紙・ヤレ紙・ペケ紙)の存在が大きい。立ち上がりや準備に必要な予備紙は刷版同様に部数に左右されないが、紙に
インキも加わって(この調査ではインキは削除項目とした)オフセット印刷では実部数にプラスされることになる。
部数が少なくても印刷の立ち上げは同じなので、小部数では実部数よりも大きな環境負荷になるケースも想定できる。この予備紙はオフセット印刷の課題でもあるので、昨今はこの予備紙を低減する印刷機を積極的に開発しており、販売に至っている。
(4)デジタル印刷とオフセット枚葉印刷との比較から見えること
1部あたりの「印刷工程のみ」にかかるCO2排出量だけを比較すると、オフセット枚葉印刷のCO2排出量は少ない。
しかし印刷物(冊子)のライフサイクルにおけるCO2排出量について、デジタル印刷とオフセット枚葉印刷を比較すると、部数が少ない場合はデジタル印刷が環境優位性を持っていることが調査結果より改めて確認できた。
理由は無版と有版、予備紙枚数の差である。CTP版という有版、予備を必要とする紙使用量でのCO2排出量の差に大きく寄与した。3,000部(まで)と
いう部数が少ない今調査において、デジタル印刷の「極小ロット対応」・「在庫レス」に加えて、改めて「無版」「予備紙レス」が加わってデジタル印刷の
CO2 排出量という環境優位が示された。この結果はコスト優位性に共通するものである。
(5)CO2排出量の分岐点を推計
コストの損益分岐と同じようにCO2排出量の分岐点を探る為に4,000~7,000部のシミュレーションを行った。その結果からは、ほぼ7,000部前後,で分岐が見られるものと推測される。
今回の試算ではオフセット印刷機は半裁機を前提とした。しかし、A4 判2
面付けになる表紙や4ページ分の折り丁は四裁機で印刷した方が、刷版のLCIデータや用紙の予備ならびに印刷機電力消費量も小さくなる。さらに4,000
枚以上のロットにおける本文の印刷を、半裁機から全判機に変更すると、折り数も減るため電力は小さくなる。しかし今回の試算ではそこまで細分化した検討は
行っていない。
計算上は印刷機サイズの選択など条件を揃えることによって、デジタル印刷とオフセット印刷の境界は、当該の仕様の場合は4,000部程度まで下げられると推定される(ただし、現実にはCO 削減のために機械サイズを細かく選択して刷り分けるということは考えにくい)。
4.環境負荷(CO2排出量)の課題
過去20年近く消費者ニーズの多様化、商品サイクルの変化(短命化)、訴求方法の多様化などにより印刷市場では小ロット化、多品種化が進んでいる。
今回取り上げたデジタル印刷はオフセット印刷と同等品質ということで、カット紙タイプの電子写真方式についてのみ概観した。電子写真方式については、CO2排出量削減の効果的な技術として、紙への定着温度を低減した重合トナーで紙への定着温度を従来よりも20℃ほど低くして、消費電力量を15~20%削減するという機種もある。
本調査で取り上げたデジタル印刷機も機種によってCO2排出量の差があり、それは裏返せば市場ニーズが千差万別であることを意味しており、仕事に見合った機種選定をする中で環境負荷も考慮せざるを得なくなる時代がきたと言える。今回はLCA手法によるCO2排出量を用いて環境負荷比較をしたが、これからはコストでの損益分岐点と同様に環境負荷の分岐点、ROC(Return On Carbon、炭素利益率)指標を探る上でも、CO2排出量は必要になると思われる。
また、連続紙を多用するビジネスフォーム印刷では従来はオフセット方式などでプレプリントしたストックフォームに、高速インクジェット出力機や高速レーザー出力機でバリアブルデータを追刷りしてきた。この分野の新技術は、フルカラーの連続紙高速デジタル印刷機(高速インクジェット、高速ページプリンタ)などで、白紙に一括印刷する。利用分野はトランスプロモ用途、小ロット出版、小ロット新聞などであるが、今後はこれらの高速出力機についても早晩環境負荷比較が必要となるであろう。
一方で、印刷企業はCO2という一方向だけでなく、ケミカルファクト、生物多様性などさまざま視点、角度、複眼視で環境負荷を把握していくことも重要である。また、本調査ではデリバリを同一条件にしたが、要求されるニーズ(小ロット多品種・多様化・個別化等)が拡大すれば、印刷方法がバラエティに富みデジタル印刷の特色を生かしたさまざまなデリバリ方法で、CO2排出量のさらなる削減できていく思われる。