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書籍の電子化の流れが進む中、学術情報分野においてもコンテンツのデジタル化が確実に進みつつある。
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クロスメディア研究会では東京大学出版会の橋元博樹氏に、大学出版部協会 電子部会の活動として調査・研究に取り組まれている学術情報のデジタル化の状況についてお話いただいた。
欧米では、モノグラフ販売が停滞しているのに比べ、特に自然科学系のSTM(自然科学・工学・医学)分野では電子ジャーナルが商業的にも成功し、活況を見せている。シュプリンガーが約1500誌、エルゼビアが約2000誌の電子ジャーナルを発行している。シュプリンガーにしてもエルゼビアにしても、日本の出版社とは比べ物にならないほどの大資本企業であり、ほぼ寡占状態的に電子ジャーナルを刊行しているのである。
欧米では、結局出版社から研究成果が出せなくなった時にどうするかという問題の解決策として、オープンアクセス化の動向が出てきた。
デジタル技術により情報発信の技術的敷居が低くなったことを背景として、無料の学術情報、フリーコンテンツを研究者、学協会、図書館が自ら発信しようという動きである。もともと、大学に所属する研究者は文芸書の作家などとは違って、書籍を執筆した原稿料で生計を立てているわけではないので、このような仕組みでの出版が可能というわけだ。
このオープンアクセスをキーに、個別にいくつかのセクターの最近の動きを見ていきたいと思う。
まず、大学図書館の動きに関して、2006年6月の国立大学図書館協会学術情報委員会デジタルコンテンツ・プロジェクト第2次中間報告書では、大学図書館の業務や役割の変化を「従来の‘図書資料の整備・保管・貸出’型から、‘学術情報の組織化・ネット検索・発信’型への方向転換と表現できる」としている。つまり、従来の収集・貯蔵・貸し出しに加え、これからは図書館自らが情報発信をしようというのである。さらに2007年10月の最終報告書では、「この(収集・貯蔵と情報発信という)双方向の働きを備えることは大学図書館の機能を大きく拡大するものであり、社会に対する説明責任や研究成果の視認性の向上などを通じた大学における図書館の存在意義の拡大、ひいては今日商業出版者に牛耳られている学術情報流通に大きな影響を与えることが期待できる」という提言をしている。
もう少し細かく見ていくと、この構想を具体化するシステムが機関リポジトリである。これは単独あるいは複数の大学の知的生産物を保存し発信する電子的コレクションで、分かりやすく言えば、大学の所有するサーバに学内で生産されたあらゆる学術情報をデータベース化して貯蔵しておこうというものである。この場合の学術情報というのは、その大学に所属する研究者の書籍原稿、雑誌論文、学会誌・紀要論文、授業の講義ノート、e-ラーニング教材などが対象である。現在、日本でも主要な大学を中心に約80機関で運用が開始されている。
もう一つ最近の大きなトピックとして挙げておきたいのは、現在進行してる国立国会図書館の蔵書デジタル化計画である。Webサイトでは既に近代デジタルライブラリーとして明治・大正期刊行図書をデジタル公開しているが、対象は著作権が切れたものだけである。著作権があるものは当然、著作権者の許可を得ないとデジタル化できないというのが現状の著作権法だが、それを権利者の権利制限をするような形で、蔵書のデジタル化を推進しようというものである。法改正には出版社や著者の反対が予想されるが、現在さまざまな枠組みで権利者を交えた調整・議論が始まっているようである。
今年、国立国会図書館と大学図書館との連絡会で、学位論文をすべて電子的に公開するように学位規則を改正するという提言を含んだ中間報告が公表された。すべての学位論文を、大学図書館の機関リポジトリと国立国会図書の電子アーカイブで保存・公開しようという構想である。
一方で、プライベートセクターが学術情報の電子化事業に参入している。Googleの「Google library」は、日本でも昨年、慶應義塾大学図書館が提携したことで話題となったが、これはもともと2004年に、アメリカを中心とした大学などの図書館の蔵書をデジタル化するという計画からスタートしたプロジェクトである。図書館によって若干方針が異なり、著作権切れのものだけをデジタル化している図書館もあれば、著作権の有無に関係なく所蔵するすべての本をデジタル化している図書館もあるので、日本の出版社の本も、かなりデジタル化が進行している。
これについて、著作権侵害ではないのかとアメリカ大学出版協会が公開質問状を出したり、作家協会が訴訟を行ったりしているが、まだ裁判所の判断は出ていない。米国議会図書館の見解では、この行為はGoogleの主張する米国著作権法107条のフェアユースの範囲内であるため適法である、と見方である。
(『JAGAT Info』2008年10月号より一部抜粋 クロスメディア研究会)