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デザイナーA氏は、某有名企業のデザイナーを勤め、現在は大学での教鞭や企業研修を通じて後進の指導にあたっている。その中で危機感を募らせていることがある。
それは景気低迷からどの企業でもコスト削減が強く打ち出されるあまりデザインや企画の発想プロセスに異変がおきているからだという。デザインを生み出す発想力が萎縮しているというのである。殊に、リーマンショック以降はコスト削減が異常なほど強まり、返ってそれが弊害になりつつあるという。
例えば、新企画のプレゼンテーションに、スピード、合理化、コスト削減、といった言葉が優先的に使われており、発想や企画のキーワードになってしまっているという。氏は、スピード、合理化、コスト削減自体の重要さを理解した上で、コミュニケーションツールにあるべき夢、感動、真心といった誰もが共有する感覚、表現力が発想や企画の根底にあり、それをどう具体的に実現していくのか、といった制作プロセスでスピード、合理化、コスト削減の手段やテクニックが必要になる、と述べている。
お金を掛けたから良いもの(効果のあるもの)ができるとは限らないことは周知の通りであるが、逆に安くできたから悪くても仕方ない(効果がない)ということも通らない。大切なことは、良いもの(効果のあるもの)を作ることを目指しているのであって、安いものを目指しているわけではない、ということだ。目的と手段を履き違えるほど、コスト削減が至上命令となっているのが現実なのだ。
そのような厳しい状況のなか、2009カンヌ国際広告祭のメディア部門(6月)で日本初のグランプリに輝いたのが「郵便局」×「キットカット」の、受験生応援企画「キットメール」である。知名度の高いブランドなので知っている方も多いと思うが、印刷にとっては注目すべき企画である。もともと誰もが知っているネスレの「キットカット」が受験シーズンになれば受験生のための「きっと勝つ」食べるお守りになる。それを見守る両親、友人、学校・予備校、塾、親戚からも「きっと勝つ」応援メッセージが発信される。これらの事実を結んでネスレ(媒体商品)+郵便局(販売)+郵便事業(配達)というコラボレーション企画を見事に成功させたというものである。
具体的に言うと、キットカットのパッケージにメッセージ欄を設け、「キットメール」としてメッセージを記入する「e‐センスカード」2枚と140円切手をセットにして(税込価格450円)、全国20,000箇所の郵便局を通じて販売したということだ。聞いてみれば「なるほど」とすぐに理解できるほどオーソドックスなアイデアである。
一般に、賞を受賞するためにはコンセプトやあるべき姿などの企画が重視され、受賞の理由となるが、今回は実際のビジネス効果として商品実売効果、日本郵便側のメディア手数料としての郵便切手売上アップなどが併せて高い評価を得た。
このキットメールは、セットだけでなく単体としても(210円で販売)全国のスーパー、コンビニエンスストアで販売され、またバリエーションとして、期間限定ではあるがオリジナルフレーム切手(80円切手10枚1シールタイプ、送料・税込2,700円)も発売された。
また今年の9月からはWebを利用してお気に入りの画像をアップして、ラクガキ感覚で絵や文字、スタンプでデコレーションしたオリジナルキットカット「チョコラボキットカット」の販売を開始した。出来上がったキットカットと共に親しい人へのメッセージを伝えられるようにもなっている。10月からはご当地お土産旅メールキットカットもスタートした。
もうお気づきと思うが、この企画の最大の目玉は印刷メディアを活用した販売戦略である。オリジナル性を高めるのは消費者(購入者)自身。ネスレはコラボによって異なった付加価値をドッキングさせて、本来の商品価値とは別の価値を生み出し、印刷によって商品化した。限定対象であるものの、確実に見込める市場であることからマーケティング戦略としても非常に面白い。人のコミュニケーションの根底にある夢、感動、真心、愛など共鳴・共感する気持ちは、どんな時代であっても同じであるとすれば多角的展開も十分考えられる。
今後もコスト削減は厳しく求められるであろうが、コスト削減のために自由で豊かな発想や企画提案が萎縮しては本末転倒。コスト削減は目的ではなく、提案を実現する手段なのだ。