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印刷原点回帰の旅 ―(3)紙の発明―
キーワード: 記録材料 記録適性 繊維 加工適性 木材パルプ 製紙
印刷の話というと、グーテンベルクの活版のような「版」の話になることが多く、「紙」の話はあまり出てこない。が、印刷メディアにとって最も重要な記録媒体が紙であることは、言うまでもないことだろう。当たり前だが版だけでは印刷は行えず、紙の発明と普及がなければ、印刷メディアが今のように社会の中で大きな役割を得ることはなかった。もちろん、紙が発明される前にも、記録材料はたくさんあった。
「古代文明が栄えた理由は文字が生まれたからだ」と言われているが、違う側面から見れば、「その文字を記録する優れた記録材料を持っていたからだ」と言うこともできる。メソポタミアでは乾燥した気候から粘土板が用いられたし、エジプトではナイル川沿いに茂るパピルス、地中海沿岸では羊の皮をなめしたパーチメント、インドではヤシの葉などから作られる貝多羅葉、中国では甲骨・竹・木・布などが使われていた。これら記録材料は、気候や土地柄に適した材料であったにも関わらず、紙が発明されてからは衰退の一途をたどることになる。それだけ紙が、記録材料として優れているということに他ならない。
紙が生まれたときの話をしてみよう。人間は紙を発明するより前に、布を手に入れている。最初は動物の毛皮や植物の葉をそのまま加工して布代わりにしていた。そのうち植物より繊維組織を取り出して糸を作り、織って布を作るようになる。これらは主に衣類として用いられていた。中国では記録材料として竹・木・布などが用いられていたが、重要な情報や地図は、布の中で最も高価で長持ちする絹に描かれて残っている。このように布のような記録適性を求めたことが、紙の発明へとつながったのだろう。歴史を学んだとき、織物が貿易の主力となっていたことを覚えているだろうか。
このことからわかるように、布には取引される価値があった。そこで、ボロ布や布の生成の際に出る繊維クズを再利用しようとし、紙は生まれた。現在わかっている一番古い紙は、完全な麻クズから作られたということが確認されている。余談ではあるが、紙は今でいう「エコ」の観点から発明されたことになる。ちなみに現代でも、紙は住宅などに使う木材の破片やくずから作られるのが普通であり、住宅供給が増えるとパルプの材料供給量が増えて値段が下がる。大量消費社会になってからは、紙のために木を切るようになり、まるで反エコの象徴のように扱われているが、元々紙はエコの代表選手だったのである。
紙が発明されると、その軽さや加工のしやすさから、次第にその他の記録材料にとって変わっていった。しかしいくら素材がよくても、手を使って一枚一枚漉く方法をとっていたため、布同様、コストがかかるものであることに変わりはなかった。その反面、使い勝手の良い紙は重宝され、日本でも江戸時代、紙は米や油と並ぶ重要な流通品のひとつになった。やがて産業革命により、和紙のような樹皮原料ではなく木材パルプが発明され製紙工場が作られるようになって、紙の大量生産が始まり、紙は安さという武器を手にし、広く普及することとなる。
見てきたように、紙はその安さ・軽さ・加工のしやすさなどから、歴史の中で記録材料としての位置を確実なものにしてきた。過去2回のコラムで述べた「文字」「本」と同様、人間社会の発展の歴史と一緒に、紙もまた生まれ、進化をとげ、文化を形作ってきたと言える。印刷メディアは、確かにグーテンベルクが活版印刷を発明したことをきっかけに、産業革命を経てビジネスとして成り立つ形に成長し、発展した。
しかし、文明社会の形成過程で文字が発生し、本が作られ、紙が発明されたから、印刷が生まれたことを考えると、長い長い歴史の中で印刷メディアは常に人間と共にあった。印刷は単独で進歩したのではなく、社会の変化を受けて発達し、また印刷メディアが社会に大きな役割を担うことになった。