2000年からちょうど10年 記事No.#1641
掲載日: 2010年04月19日
21世紀を迎えてから10年が過ぎた。西暦2000年の時に月刊誌『LIFE』がミレニアム特集として世界各国の知識人にアンケートをとり、「過去、1000年間に起きた最大の出来事は何か」を問うた話は有名である。
西暦(キリスト誕生)というやや宗教的偏向のある中でおこなわれたアンケートであることを考慮しなければならないが、西洋史の象徴的事件であるコロンブスのアメリカ大陸発見(2位)やフランス革命(34位)を上回る出来事が、活版印刷術の発明・改良(1位)であることは今もって驚きである。日本人の感覚ではあり得ない選出と言っても過言ではないだろう。
また前述のアンケートほど知られてはいないが、同時期にアメリカのケーブルネットワークA&Eが、360人のジャーナリスト、科学者、神学者、歴史家、および学者のスタッフによって1000年代の偉大なる人物100人を選んでいる。2位から12位までを並べると、ニュートン、マルティン・ルター、ダーウィン、シェイクスピア、コロンブス、マルクス、アインシュタイン、コペルニクス、ガリレオ・ガリレイ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、フロイトといったそうそうたる歴史上の人物がランクインしている。これらの偉人をも凌駕した第1位の人物は、活版印刷の発明者「ヨハネス・グーテンベルク」なのである。前途の歴史的出来事と共に1位となっていることから、いかに「印刷」が人類の歴史にとって大きな存在で重要なものであるかを、思い知らされたアンケートとなった。
三大発明として歴史書に記載されているは、火薬、印刷、羅針盤だが、毎年JAGATで開催している新入社員研修でその質問を投げかけても当たることはない。彼らの顔を見ていると「思いもよらなかった」「想像すらできなかった」というのが実感のようだ。それは新入社員だけではなく印刷界で働く多くの人も同じではないだろうか。
いま注目されている人類の歴史的遺産として多くの建築物、自然、といった物理的なものが認定されているが、一方で、目には見えにくい知恵や知識の集積である「知的遺産」というものがある。知的遺産を具体的に保存、共有しているのが「印刷メディア」である。日々仕事に追われている中では、なかなか印刷の偉大なる足跡、役割の大きさに気がつくことは少ないかもしれない。それは印刷に限ったことではないだろう。ただ余りにも大きな変化に直面した場合、人生においても仕事においても立ち止まらざるを得ないことがある。21世紀に入って10年、「印刷」はその場面にいま直面していると言えるだろう。
IT革命は留まるところを知らず、産業構造自体を変革しつつ進化を続けている。インターネットの猛烈な進化の中で、中核的存在であったパソコンも大きな曲がり角っを迎えており、ソフトウエア環境も一変しようとしている。IT環境がメディアの多様性をより進化させるのだとすれば、多様性に耐えうるメディアでなければこの先は生き残れないということになる。発展する社会のニーズに応じて、版式の開発、品質、表現、材料などを改善し、情報の伝達・記録という大きな役割を担ってきた印刷の歴史を、今一度振り返ることが次代の印刷とメディアを考えることに繋がっていくだろう。
社会が本当に要求しているものは何か、エンドユーザーである生活者は何を実現したいのか、何が必要で何が不要なのか、といった生活者のニーズやライフスタイルの変化を掴み、根本からメディアの役割を問い直す時期が「今」であることは確かである。2000年で問うた過去1000年の最大の出来事と偉大な人物の結果は、過去の偉業に対する評価である。それから10年を経た今、『LIFE』誌のアンケートは21世紀のメディア大変革を暗示したメッセージであったのではないかと感じてしまう。人類のコミュニケーションの歴史はいよいよ大きな節目を迎えた。印刷メディアの存在意義の大きさとそれを担う責任の重さ、誇りを感じさせてくれたアンケート調査であったが、それを伝えた『LIFE』誌もすでに廃刊となっているのも偶然と思えない事実である。