本記事は、アーカイブに保存されている過去の記事です。最新の情報は、公益社団法人日本印刷技術協会(JAGAT)サイトをご確認ください。
21世紀に入ってちょうど10年。1990年から2000年を挟んで20年が経過した。この変革期に世界をリードした先進企業のほとんどが1970年以降にできた新興企業であった。
その中でも特に通信やITと呼ばれる産業分野は、アメリカを中心とした中小のベンチャー企業が牽引してきた。一方の自動車産業を率いてきたビッグ3の衰退とは対照的である。
ベンチャー企業の成長に欠かせないのが、頭脳と情熱と資金であるが、頭脳と情熱は申し分なくとも、課題は資金である。ところがITや通信分野のベンチャーは、かつての産業社会のように基盤整備のためのインフラ装置や土地、労働力をさほど必要とせず、またノウハウの蓄積が短時間で済むなど従来とは異なった背景から、安易な投機の対象になった。経営者も時価総額を短期的に上げることへ志が変質していった。それはベンチャーの創設者というよりは、取巻くファウンドマネジャーや経営コンサルタントであったといってもよい。ネットバブルの崩壊は来るべきネット社会の問題ではなく、20世紀型の古い時代における社会の歪が起こしたものである。この20年、その20世紀の後遺症により苦しんできた。
かつて塚田益男JAGAT最高顧問は20世紀と21世紀が混在している状況を「カオス」と呼んだが、その後10年を経過し着実に時代が一つの曲がり角にきたといえる。情報通信産業の分野でベンチャー企業の育成に携わる原丈人氏(デフタ・パートナーズグループ 会長)は、基幹産業が繊維から鉄鋼、ITへと移り、次なる基幹産業がポスト・コンピュータ産業であると提起している。従来の自動車やエレクトロ二クスのような巨大な設備投資を必要とする「物的工業製品」時代から「知的工業製品」の時代に移っており、大きな組織よりも、中小企業が活躍する新しい時代の到来を想定している。事実、ベンチャーとして成長した企業が新たな雇用を創出しており、従来の大企業の大半はリストラや派遣などで雇用調整をしている。といってもベンチャーには大きなリスクがあり、そのリスクをどう受け入れ、成長させるかが社会の成長戦略となる。大企業がリストラを名目に研究開発部門の経費や人材を縮小している現状では未来がない。株主が当面のROE(株主資本利益率)に一喜一憂しているようでは21世紀型社会の発展は望めないと原氏は警告している。
また同氏は「物的工業製品」と「知的工業製品」の違いを、目に見える形がある、に対し、形がない、利益率が低い、に対し、利益率が高い、大きな組織が有利、に対し、小さな組織、複数企業がマーケットを分け合う、に対して、一つの企業がマーケットを独占する、としている。「物的工業製品」時代で大切なことは小さな改良改善の積み重ねであり、それを徹底するのがピラミッド型組織である。それに対して「知的工業製品」は根本的な発想の転換を促するような発明、発見が必要であるという。日本の金融システムは中小企業が新事業開発に取り組めるような融資の仕組みになっていないことが不幸ではあるが、内部留保がある間に技術と人材に投資する自由度が大企業より高いとすれば大きなチャンスがあると述べている。
原氏が提案するもう一つに、「PUC(パーペイシブ・ユビキタス・コミュニケーション)」という考え方がある。「使っていることを感じさせず、どこででも利用できるコミュニケーション機能」と定義しているが、まだそれを実現できるデバイスはないという。この機能こそがまさに21世紀型社会インフラであろう。多くの経済・社会学者や専門家の共通点はやはり「コミュニケーション」である。多様なメディアによって蓄積され、結合された情報が人々の間を往来し、新たな生活文化を作るコミュニケーション社会が誕生した。私たちはその真只中にいるが、どこの企業・組織も、人間もその思考、生活習慣の中に20世紀と21世紀が同居しているのが現状である。しかし確実に21世紀が見え始めている。時代に合わなくなった仕組みが「不景気」のせいではなく崩壊し始めていることを受け止めなければならない。2010年はそのような分水嶺の年になるだろう。
(Techno Focus 2010年5月10日発行記事より転載)
「JAGAT大会2010 世紀の分水嶺――新しい社会の仕組み 」
年に一度の会員大会、今年は会場も変更し、新たに今後重要な戦略課題になるであろう「マーケティング」「クロスメディア」2つのテーマについて分科会を開催し、ディスカッションしていきます。
2010年06月15日(火) 13:30-19:00 東京コンファレンスセンター・品川
参加費:18,000円(消費税込)