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印刷業界と紙流通業界間の用紙EDIの実現に向け、2008年9月~2009年10月に実証実験を行った。電話やFAXによる発注からシステムによる発注へ移行することになったが、ストレスなくスムーズに運用することができ、実験終了後も運用を継続している。
発注履歴データの活用などによりベテランのノウハウの引き継ぎができるとの評価を得ている。銘柄を表わす標準コードを付加した用紙マスターは、改廃情報を反映した維持管理が負荷の大きい業務だが、将来的には標準データベースの公開も視野に入れている。
印刷業界を取り巻く環境が激変する一方で、印刷会社の体質にはどんぶり勘定や契約レスなど旧来の商慣習も根強く残っており、改革の妨げとなっている。とりわけ印刷会社と卸商の間のやり取りは旧態依然としたままで、相変わらず電話とファックスが中心である。
交渉や調整などコミュニケーションが不可欠な業務もあるが、受発注担当者の日常業務にはシステム化によって効率化できるルーチン業務が多く含まれている。逆に業務の標準化によってルーチン業務の比率を上げることがコストダウンにもつながる。ちなみに日本ロジスティックスシステム協会『2008年度物流コスト調査報告書』によると、紙・パルプ業界の売上高に占める物流コスト比率は、製造業の中でワースト3位(7.34%)となっている。
印刷会社、卸商向けシステムベンダーを中心に構成されたP2P研究会は、標準EDIの必要事項を検討するために2007年10月に発足した。データ交換の標準化を優先的に検討し、両業界のパッケージソフト同士がデータ交換できる環境をまず整備することで、ユーザー(印刷会社、卸商など)の初期投資費用を低く抑えることを目的に、次の5つの要素について検討した。
(1)対象業務フロー:見積もり、発注、請求など
(2)標準コード:品名(銘柄)コード、取引先企業コード
(3)データ交換項目:取引データの項目内容
(4)通信プロトコルとデータ形式
(5)EDI手法:システム間EDIかWebEDIか
標準コードについては、紙流通業界で採用されている「業界統一品名コード」と「業界統一取引先コード」を採用することとした(表1)。なお、2009年9月末時点での品名コードの登録件数は5万5317件、取引先コードの登録件数は7万2760件、うち印刷会社は1万2661件となっている。
印刷会社にヒヤリング調査を行った結果、EDIの効果に懐疑的な印刷会社が少なくなかった。そこで、発注側である印刷会社がメリットを感じる運用モデルを具体的に示すために実証実験を実施することとした。単なるデータ交換の検証にとどまらず、実務に直結したスタイルで行った。また、自社他社問わず、だれかが入力した情報は再入力することなくワークフローの最後まで一貫して流れなければならないというポリシーに基づき、WebEDIではなく、両社のシステム間で直接データ交換を行うこととした。実証実験の参加メンバーは以下のようになっている。
・株式会社ディグ(印刷会社)
・株式会社シオザワ(卸商)
・株式会社ジェーピー情報センター(システムベンダー)
・株式会社カミネット(業界標準VAN会社)
・社団法人日本印刷技術協会
スケジュールは、2008年9月から事前打ち合わせを開始し、12月までの4カ月間で、対象業務フロー、運用ルール、システム仕様などの検討を行い、2009年1~3月までの3カ月間でシステム開発、4月に接続テストを行い、5月からEDIの本番運用を開始した。実証実験としての運用期間は2009年10月までとしたが、その後も日常業務の中でEDI運用を続けている。
設定した運用ルールの例として、発注キャンセルと受注NGの対応を紹介する。キャンセルやNGの場合は、まず電話連絡をして人間系の対応を優先する。事後にEDIの「取消データ」の送信によりデータ交換の整合性を取ることとする。それ以外に、翌日午前中の配送を希望する場合の発注データ送信の締切時間を設定するかどうか等々のルールを検討した。
ディグでは“プリマジ”と呼ばれる自社開発のWebブラウザベースの基幹システムで業務管理を行っている。用紙発注は松戸工場にて行っていたがシステム化はされておらず、Excelを用いて手作業で作成した発注リストを基に電話やファックスで発注していた。用紙EDIの実施に当たり、用紙発注に関わる業務フロー分析を詳細に行い、従来の発注業務の流れを踏襲するとともに業務改善の提案を行い、業務の移行がスムーズかつ効率が落ちないように配慮した。
システム開発に当たっては、開発コストとリスク、セキュリティを考慮した結果、基幹システムの変更ではなく、サブシステムという形態を取ることとし、Accessで稼動する発注システム“カミマジ”をJAGATにて開発した。プリマジとデータベースを共有しているので、プリマジに登録された受注データの用紙情報はカミマジに自動的に取り込まれ、データの二重入力が発生しないようになっている。また、各種履歴データの検索メニューや用紙情報の検索メニューを充実させており、情報共有化ツールの意味合いをもたせている。また、Excel形式でのデータ出力に対応しており、より詳細なデータ分析にはExcelの多様な機能が手軽に活用できるようになっている。
シオザワでは、ジェーピー情報センターに依頼し、基幹システム(NPROTS)にEDIデータの送受信機能を追加した。また、既存の用紙マスターに業界標準品名コードを割り振った。EDIの発注データが自社システムに自動的に取り込まれるので、受注入力業務の大幅な効率向上が図れることになった。次の項目が入力不要となった。得意先、納品先、納入日/納入時間、商品情報(銘柄、連量、流目、枚数など)、摘要情報(印刷会社が指定する製品情報)。基本的に転記ミス、入力ミスが発生しないので、精度向上も図れている。
EDI実証実験における用紙調達の一連の業務フローは以下のようになっている(図1)。
(1) 受注登録(印刷物) ディグ本社
(2) 印刷計画作成 ディグ松戸工場
(3) 用紙EDI発注 同上
(4) 用紙EDI受注登録 シオザワ本社
(5) 出庫指示 同上
(6) 用紙EDI発注回答 同上
(7) 用紙出庫 シオザワ倉庫(リゾン有明)
(8) 用紙納品 ディグ松戸工場
ディグは、都内に本社、郊外(千葉県松戸市)に印刷工場があり、本社と工場間はインターネットVPNで結ばれ、イントラネットの環境が構築されている。まず、本社で営業担当が基幹システム(プリマジ)に受注情報を登録する。松戸工場では、営業が登録した予定(希望)日程と台割表をベースに印刷計画を作成する。用紙の銘柄や枚数、それから判型、流目、納品日時と場所といった発注情報は、印刷計画を立てた段階で確定する。用紙情報が確定するとカミマジにて発注処理を行う。プリマジとデータベースを共有しているので、転記作業は不要である。さらにツインモニタでプリマジとカミマジを左右に表示することで効率的に作業を行っている。EDIのデータがカミネットのサーバに届いているか、そして、そのデータを相手が取得したかどうかは、カミネットが提供しているインターネットの照会画面で確認することができる。
シオザワでは、まず担当者に発注確認のメールが届く。カミマジでは、EDIの発注データを送信すると同時に確認用のメールが自動送信されるようになっている。メールを見てから、基幹システム(NPROTS)の顧客別注文リスト画面でディグを照会するとEDIの発注データが自動で取り込まれている。基本的に注文情報はすべてEDIデータから取得されている。注文内容に問題がなければ在庫を確認し、出庫する倉庫を指定する。「確定」処理を行うと倉庫に対して出庫手配が掛かる。シオザワのメイン倉庫であるリゾン有明は自動倉庫となっており、本社から出庫手配が掛かると人手を介さずに適切なタイミングでラックが稼動し、出庫口から商品が搬出される。商品とともに出庫口の脇に設置されたプリンタから出庫伝票が出力され、担当者がバーコードで読み取ることで出庫作業完了となる。
松戸工場への納品時には、ディグ側では、カミマジから発行される納品予定リストと照合確認し、印刷オペレーターがわかりやすいように確認票を納品された用紙に貼り付ける。こうして用紙発注の一連の流れが完了する。
また、シオザワの配送ドライバーは入力端末としてPDAを所持しており、集荷、積み込み、出発、納品完了の作業を行う度に出庫伝票のバーコードを読み取ることになっている。こうして収集された進捗情報は、“位置情報管理システム”と呼ばれている進捗管理システムに格納される。営業部門や物流の事務所では本システムによって、居ながらにして進捗状況が確認でき、得意先からの問い合わせに対し、即時対応することができる。
本システムに登録されたディグ用の納品データは、元をたどればディグの営業担当が入力し、EDI発注データに展開され、シオザワの販売管理システムに取り込まれたものである。企業という枠組みを超えて、ワークフローの最初から最後まで一気通貫で同じデータが流れるというEDIのメリットが生かされた事例となっている。
そして“標準”の仕組みをうまく活用しながら、異なるシステム同士をつないでいくことで“全体最適”に近づいたり、新しいサービス、付加価値が生まれてくるのではないだろうか。標準の仕組みを活用しつつ、他社との差別化を図ることも十分に可能であろう。
実証実験において、自らEDI発注を担当したディグの取締役工場長の齋藤氏は「当初は慣れないシステムに戸惑ったが、現在はほとんどストレスなくスムーズに運用できている。欲を言えば、納期の厳しいものなどは、発注可否の回答が即座に欲しいが、もともと100%EDI化できるとは考えていない。人間系のコミュニケーションがゼロになることはないだろう。それを差し引いても、次のような点でメリットを感じている。発注履歴がデータとして残り、かつ容易に参照できることでベテランのノウハウの引き継ぎができる。また、発注担当者が急に休むことになっても容易に代行ができる。EDIは世代交代の道具として有効だと感じている。それから、用紙情報を全社的に共有することで、新たなノウハウが生まれてくるようにも思う」と評価している。
現状のEDI対象業務は、「発注」と「発注回答」に限定されている。今後は、「仕切り・請求」まで拡大したい。請求データをEDIで受け取り、買掛照合の作業がシステム化されると、印刷会社にとってのEDIのメリットがより明確化する。
それから、EDIによる発注比率を向上させていきたい。現状は、シオザワ1社とのみEDIを実施している。その他の取引先に対してもEDI対応を打診していきたい。取引量の多い1社に打診したところ、まずはメール発注からスタートすることとなり、既に運用を開始している。発注用のメールは、カミマジから発行される発注確認メールを用いており、ディグにとってはEDIと全く同じ手順で発注が行えている。
卸商にとっては標準EDIの仕組みなので、初期投資は掛かるが、一度対応すれば2社目以降の対応は負荷が少なくて済むというメリットがある。
実証実験の結果、「使ってみれば便利だね」と感じてもらえる手ごたえは得られた。しかしながら、印刷業界を取り巻く経済環境は非常に厳しく、システム投資は困難な状況にある。印刷会社にとって、直接的な費用対効果が見えづらい面があるのでなおさらである。事実、用紙EDIについての関心をヒヤリングして回ると「EDI化するといくら安くなるの?」という声が寄せられることが多い。現状は、印刷会社と卸商の双方が事務経費を負担しており、EDIの普及が進めば間違いなくコストダウンが図れるであろうが、値下げを前提としてのEDI推進は「標準化」を標ぼうする立場からも難しい。
克服すべき課題は多いが、普及の糸口として次の3点を考えている。
用紙EDIを始める際の大きな障害はシステム開発コストである。クラウドコンピューティングやSaaS(Software as a Service)という言葉に代表されるように、1社1社独自のシステムを構築するのではなく、各社共通する業務については、アプリケーションを共用することでシステムに関するコストを抑えようというのは、業界を問わない大きな流れのようである。そこで、用紙調達EDIに関しても、このような形でのサービス提供が可能かどうか、どのような仕様が求められるのか、利用者のニーズ調査を行いながら探っていきたい。
シオザワの自動倉庫システムや位置情報管理システムとの連携など、ITネットワークを基盤とした企業間コラボレーションによる得意先への新たな付加価値提案が期待される。
印刷会社にとって銘柄だけでなく、判型、連量、流目といった規格情報まで含まれた用紙商品データベースを維持管理することは難しい。EDI用途だけでなく幅広い応用範囲も想定できる。今後は、“業界標準のオープンな用紙マスター”の構築に向けても取り組んでいきたい。
JAGATとカミネットでは、実証実験の成果や反省事項を生かしつつ、今後とも印刷業界と紙流通業界の標準インフラとして用紙EDIの環境整備を進めていく。
(「JAGAT info」2010年4月号)
『用紙調達EDI実証実験報告書(2008年9月~2009年11月)』をご希望の方にお分けいたします。
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