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もう一度学び直す!! マスター郡司のカラーマネジメントの極意[12]
この連載を見直してみると「RGBフロー」に強くこだわっているのが分かると思う。だが、このごろは猫も杓子(しゃくし)も「RGBフロー」と言うので、読者の方も少々鼻に付いているというのが正直なところだろう。またRGBフローと言いながら、その実態は「CMYKと何が違う?」というものも多い。
この場で定義など、恐れ多くてするつもりもないのだが、読者の皆さんと意思の疎通を図るための前提条件として、まずは「~らしいことを述べること」から始めたい。らしいことと言っても「RGBフローとは?」などと大上段に構えなくとも、RGBデータを主体に考えているワークフローがRGBフローで、CMYKデータを主体にしているのがCMYKフローと考えれば、難しい定義をするよりもはるかに実践的かつ論理的にも正しい。
例え話を挙げてみよう。Adobe Illustratorを使ってイラストを描いているイラストレーターの中には、訳知り顔で「RGBの場合、彩度を高くし過ぎるとCMYKで色が破綻する」と言ったりする人が少なくない。これなど典型なのだが、RGBデータで入稿し、かつCMYK分版をInRIPセパレーション(RIP=ラスターデータに計算する時にCMYK変換をやってしまうこと)をしようと、ご本人もRGBフローをいくら吹聴しようと、これはCMYKしか念頭に置いていないのでCMYKフローなのだ。
RGB標準色空間いっぱいにRGBデータで描き、その色をCMYK空間にICC的に変換するのがRGBフロー的CMSである。そして見た目差がないようにするのがレンダリングインテントなどのCMSノウハウで、ICCプロファイルの出来不出来で品質は異なってくる。ICCプロファイルのレベル差で印刷品質は大きく変わるが、このことはこの連載スタート時にお見せした。
従って、デジカメでRGB入稿してもCMYK主体に考えるならCMYKフローということなのだが、これが決して悪いと言っているのではない。印刷中心のフローなら、画像入力装置がスキャナの代わりにデジカメになっただけだから何ら不都合なことはないのだ。問題なのはRGBでハンドリングしながら、実態がCMYK時代と変わらなかったりする場合だ。Adobeアプリでも標準設定になっているように、印刷には作業領域(ワーキングカラースペース)をAdobe RGBに設定するのが好ましい。この連載で何度も訴えてきたので、大半の読者には理解されていると思うが、Adobe的な考え方では、Adobe RGBカラースペースを素直にICC的なCMS手法でアウトプットまで持っていけばよいのだ。
しかし、今までのしがらみからか?いったんsRGBなどのカラースペースに圧縮してから、好ましい色作りをしてAdobe RGBに近い(ここまでは大きくしないが)領域に出力したりする「何ちゃってRGB(CMS)フロー」とも言うべきものが世の中には数多く存在している。デジカメ時代になってもネガカラーの現像も受け持たなくてはならなかったミニラボ機などがこれに当たるが(過渡期というのは引き継ぎが難しいのです)、コンシューマーレベルのインクジェットプリンタも近いことをやっている場合が多い。「いやぁA社のインクジェットプリンタのブルーは素晴らしいですね!」「B社は赤がよく出る」などというのは、すべてではないがこのたぐいだ。正確にsRGBを再現するプリンタを各社が作っていただけでは製品に差が出ないだろうし、ミニラボ機などでは街のD.P.E.ショップの設備投資サイクルまで考慮しなければいけないだろうから、立場的にはよく理解できる話ではある。
例を出しての説明はかえって誤解する場合も多いが、この場合は言い得て妙だと思うので説明させていただく。「何ちゃってRGB」「何ちゃってCMS」を濃縮還元ジュースを例にして説明してみたい。 Adobe RGBくらいある広い色域の自然画像をsRGBに押し込めて、その後レタッチでそれっぽくしてしまうことをジュースに例えればこういうことだ。絞り立てのAdobe RGBをsRGBに濃縮し(ビタミンCはなくなっていると思うが…)、還元する工程で素材の味を生かす(元味に戻す)というより、好みの味に仕上げているということだ。現時点での画像処理技術でも愛媛ミカンの濃縮ジュースをバレンシアオレンジっぽくしたり、カリフォルニアオレンジにするくらいは朝飯前のレベルにある。取水地を明示している海洋深層水にも難消化剤として繊維質を添加している今日、このことにケチを付けるつもりなど毛頭ない。そういうことを熟知して使うことが大事なんだということを本日は訴えたい。
日本のウイスキーメーカーのブレンド技術には定評があるが、ウイスキーメーカーだけではなく、しょう油だって何だって味付けだけで、本物より魅力的な味付けにする技というものを日本人は持ち合わせているようだ。これも物が少なかった戦後などは、この小手先の技法で十分商売ができたが、本物志向の時代にはやはり本物のスコッチとは勝負にならない。やはり本物の味を知るということは大切なことなのだ。そこで、今回は色の常識をご紹介したい。冷たい感じのする色、暖かい感じのする色、そんな常識を知っているからこそ、色演出もできるというものだ。難しく説明しても混乱するだけなので、トピック的に各色常識を取り上げて個条書きにしてみる。
●色の寒・暖感
同じ温度のお湯に赤と青の着色をしてコップに入れ、指を入れて「どちらが暖かいか?」という質問をすると、明らかに「赤いほうが暖かい」と答える人が多い。このように色は寒・暖を感じさせる。赤や黄色のように暖かさを感じさせる色を暖色、青や青緑のように冷たく感じる色を寒色という。電化製品、扇風機はもともと寒色系もしくは白、ストーブや赤外線コタツは暖色系が使用されるのはこのためである。特に暖炉や石油ストーブが燃えている写真は暖色系の色相をオーバーに演出してやったりするとよいことが多い。同じく黒白で重量感の差(黒=重い、白=軽)が出る。
●膨張色と収縮色
図1を見ると同じ大きさの四角でも黒のほうが小さく見え、白のほうが大きく感じられる。このように、色は膨れて見える色と収縮して小さく見える色がある。この現象は色の3属性(明度・彩度・色相)のうち、明度と色相に関係がある。明るくて暖色系の色相の色を使用しているほうが膨張して見え、暗く寒色系を使用している場合は収縮して感じられる。距離感や大きさを比較する写真はこのへんも知っているとレタッチしやすくなる。
●色の好み
年齢、性別、個性、職業、社会環境、民族により色の好みは変わる。また不況や好況(バブリーな時代と地味な時代)、戦時下と平和な時代など、社会環境によって色の好みは変わっていく。総じて言えることは、幼年期には男女の区別なく明るくて彩度の高い色が好まれ、黄、緑、赤の人気が高い。しかし成長するにつれて、男性は寒色系や緑色を、女性は暖色系や紫色を好むようになると考えられている。性別によって好まれる色調も異なり、男性は濃い色や暗い色を、女性はデリケートな色み、明るい色、淡い色を好む傾向がある。色彩の好みは、年齢のほかに社会の文化的な背景や気候風土など環境的な条件などによっても左右される。夏の暑い季節には寒色が好まれるのに対して、冬の寒い季節や寒冷地では暖色が好まれる傾向がある。また暖色や緑色は食欲を増す色相であり、寒色や紫色は食欲を減退させる色相である。このような食欲感は色彩連想と関係があり、一般に食品に多い色相が食欲を増す。レタッチするためには必須常識である。
●セパレーション効果
明度と彩度の類似した色が隣接するとコントラストが弱く、その境がハッキリ見えにくい。その境に線(黒でも白でもよい)を引くと、それぞれの色がハッキリ見えるようになる。これがセパレーション効果である。
●色の同化
黒のような低明度のシマの場合、間の色は黒ずんで見え、白や黄のような髙明度色のシマの場合には、間の色は明るく見える。同じ青色が黒シマの側では暗く、黄のシマ側では明るく見えている。このように暗色や明色に同化する見え方を専門的には「ベゾルト効果」という。
●文字の色と視認性
「補色が隣接すると色相対比が大きく、よく目立つのでは?」と考えがちだが、明度の類似した赤と緑では目立ちにくい。目立ちやすくするためには、隣り合う色との明度対比に注意する必要がある。高明度白や黄と、低明度の黒や青が隣接するとよく目立つ。明度の類似した赤と緑の場合なら隣接部分に白や黒の輪郭線を引いてセパレーション効果を利用すれば色相対比が強調され、目立つ配色になる。
●マッハバンド
隣接する色が順に明度を変えていくと、境界部分が特徴のある見え方をする。明るい色との境界に暗いバンド、暗い色との境界に明るいバンドが見える。マッハバンドと呼ばれる現象で、USM効果はこの現象を応用している。明暗を繰り返した配色では、マッハバンドは見られず折れ曲がったように見えると思う。
●リープマン効果
シマ柄や格子柄では、隣接する色が「黒と白」「黒と黄」のように明度差が大きいほど見えやすい。反対に「黄と白」「緑と赤」のように明度差が小さいほど見えにくくなる。このような効果をリープマン効果と言う。
●色陰現象
中央のグレーが周りの色の影響で周りの色の補色に色付いて見える現象を色陰現象と言う。赤の中のグレーは青緑み掛かって、青緑の中のグレーは赤み掛かって見えるはずだ。図形での錯覚は多いが、以下の3点を紹介する。
●ハーマングリッド
黒字に白十字をハーマングリッドと言うが、白線が交差しているところに黒い影が見えると思う。これをハーマンドットと呼んでいる。
●エーレンシュタイン効果
格子模様の交差部分の線がないが、その部分が特に明るく、丸く見えるはず。この効果をエーレンシュタイン効果と言う。
●ネオン・カラー現象
エーレンシュタイン効果の切れている部分を薄い線でつなぐと、丸い形に色が付いて広がって見える。これをネオン・カラー現象と呼んでいる。というように、さまざまな眼の特性や錯覚があるが、こういう特性は色に従事する人間として熟知しておかねばならない常識なのである。しかし、よくよく考えてみると錯覚は実は人間の視神経である錐体(すいたい)の特性に起因したものとも言えるのだ。「人間はRGB3原色で色を感じているのだ」とは、地動説や進化論と同等くらいに信じ込んでいる真理だが、人間の目はBGRというよりBとG、それに若干伸びたG'(グリーンダッシュ)と言ったほうがよいものなのだ。2.5原色というか、2.3原色というか、そんな感じだ。だから肝心要(かんじんかんめ)のCIEではRGB錐体という言い方はしていない。LMS刺激値、つまり長波長L、中波長M、短波長Sということでごまかしているとも言える。しかし、このへんが分かるとけっこうスッキリするものだ。私などは赤色の心理的な特殊性や色相回転のウソなど、いっぺんに解決してしまった疑問も少なくない。今後、このへんを解説しながら3原色のウソ??的な真理に迫っていきたいと思っている。ではでは。
(プリンターズサークル・2008年6月)