本記事は、アーカイブに保存されている過去の記事です。最新の情報は、公益社団法人日本印刷技術協会(JAGAT)サイトをご確認ください。
東京・早稲田の商店街で使用できる地域通貨を使って街の活性化に取り組むアトム通過実行委員会の取り組みを紹介。【印刷会社と地域活性化 (8)】
人と人との触れ合いやつながりが失われつつある昨今、地域コミュニティーの担い手として商店街に対する期待は大きくなっている。商店街で使用できる地域通貨を使って街の活性化に取り組む(株)手塚プロダクション(アトム通貨実行委員会本部)の石渡正人氏、日高 海氏にお話をうかがった。
地域通貨「アトム通貨」誕生のきっかけ
「アトム通貨」は、(株)手塚プロダクションが、本社を置くなど縁の深い早稲田・高田馬場の商店街で流通が始まった地域通貨だ。1馬力を1円とする10馬力、50馬力、100馬力の3種類で構成され、「未来の子どもたちのために」をテーマに、「環境」「地域」「国際」「教育」の4つの推進を理念として活動している。2011年8月時点で全国9 地域に支部が設立されており、現在も支部申し込みを受け付けている。
「毎年、鉄腕アトムの誕生日に合わせて行われる仮装パレードや、手塚キャラクターの駅前壁画など、街をあげて応援してくれている早稲田・高田馬場の商店街や地域のために何かできることがないか考えていた」と、手塚プロダクションの石渡氏はいう。
「子供たちや地球の未来のためにできること」や「人と人との繋がり」など、手塚治虫氏の『ガラスの地球を救え』(光文社)に書かれた理念を伝えていくために、当時話題だった「地域通貨」を地域活性化のツールにしようと考え付いたのである。商店街事務局へ相談にいくと、事務局は早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンター(以下、WAVOC)から、「ボランティアマネー」導入への協力要請を受けているところだった。
こうして、2003 年の秋、手塚プロダクションとWAVOC、早稲田・高田馬場の商店街の3 者からなる地域通貨準備委員会が立ち上がった。
「プロジェクト」と「イベント」から成るアトム通貨の仕組み
当時、地域通貨の主流はボランティア活動の対価として得られる「ボランティアマネー」だったが、限定的な盛り上がりで広く認知されない課題があった。そこで、アトム通貨ではいくつか改良点を加え、「プロジェクト」と「イベント」に参加することでアトム通貨を得られる仕組みにした。
「プロジェクト」は、たとえばアトム通貨に加盟する商店などが行う「マイ箸活動」や「マイバック持参」などに参加して、通貨を得ることができる。「イベント」は、支部が主催する地域清掃活動や打ち水などのボランティアイベントへ参加すると通貨が得られる仕組みだ。アトム通貨の理念に共感した行動への「Thanks Money」として流通することをめざしたのだ。
当初は、商店街の各店舗で配布することで店の販促になり、地域発展につながると考えていたが、まずは手塚プロダクションの直営店1 店舗のみで配布し、最終的に加盟店舗全店での配布をめざすことにした。
そうしてアトム生誕のちょうど一年後にあたる2004 年4月7日、アトム生誕の地・高田馬場に「アトム通貨」が生まれたのだ。
「エコ・アクション・ポイント」モデル事業採択を契機に全国展開へ
開始初日、店舗前はアトム通貨を求める長蛇の列ができた。確実な手応えと世間からの関心の高さを知った商店街の人びとも、その後、アトム通貨の自店舗配布を始めた。
「自分の地域でも導入したい」という問い合わせも多かったが、街ぐるみで応援してくれる地元商店街や地域で暮らす人びとのために始めた事業なので、他地域への拡大は考えていなかった。しかし、大きな転機が訪れる。アトム通貨の取り組みが、環境省の2008 年度エコ・アクション・ポイントのモデル事業に採択されたのだ。自治体が中心となって導入を希望する地域も増えるに従い、手塚氏の理念を広げる可能性を考えるようになった。その後、アトム通貨の全国展開を決意し、2009年4月7日に、全国初の支部・川口支部が設立された。
アトム通貨実行委員会の体制
アトム通貨の支部は、商店街、NPO、行政、ボランティアなど、地域活性をめざす有志メンバーで構成された「実行委員会」を中心に運営される。事務局は、「財務」(財務管理や通貨発行・換金担当)、「広報」(ポスターやリーフレット、ホームページなどの告知物担当)、「渉外」(加盟店管理、他団体との交渉担当)、「運営」(イベントやプロジェクトの実施・管理担当)の4つの係から構成され、加盟店とともに活動している。事務局が支部ごとの「イベント」や「プロジェクト」を取りまとめ、アトム通貨本部に申請して許可を得て、通貨を流通させていく。
アトムが描かれた通貨を流通させること自体が大きな話題を呼べるので、地域活性化の一助となる。中央のすかし部分に各支部オリジナルのデザインが入り、毎年デザイン変更のあるアトム通貨は、通貨そのものがステータスを持つため、コレクションする人も多い。
「アトム」と印刷会社のコラボ札幌支部は、印刷会社が広報として参加することで、非常にうまく機能している支部だ。札幌支部のある「発寒北商店街」には元々、印刷会社が発行する商店街や周辺情報を掲載した冊子があったが、支部設立時に冊子名を「アトム通信」と変更し、アトム通貨の情報やイベント、加盟店の紹介などを掲載するようにした。
手塚プロダクションの日高氏は、「印刷会社にはすぐれた紙媒体をつくるためのノウハウやスキル、言いたいことを伝えるデザイン力、情報収集網があるので印刷までの連携がとても早い。事務局のコアメンバーに印刷会社が参加しているととても心強い」という。
また、支部の発行媒体には、「アトム」のデザインが使用できる。「アトム」を使って見る人にインパクトを与え、取組みや媒体、通貨の知名度を上げることができ、広報誌への広告掲載料は発行側の利益として各支部の収入にすることが可能だ。「アトム」のキャラクターを通して理念を伝え、街が活性化し、地元経済が潤う循環が生まれている。
新しい展開へと発展するアトム通貨
2011年の秋には、愛知県春日井市「春日井支部」(9/17開始)で導入された。春日井市は、2011 年7~ 9月における電気使用量の前年同月比10%以上削減を全世帯に呼びかけ、達成世帯には1カ月ごとにアトム通貨200馬力、3カ月間で最大600馬力を配布する。市全域、市民全員が参加するプロジェクトでアトム通貨が流通する初の試みだという。同10月には、94商店会を持つ新宿区でも導入が開始され、商店会を束ねる連合会事務局が中心となって運営している。
もうひとつは、開始時に800 店舗もの加盟店を持つ新宿区での導入(10/1開始)だ。
そのほかにも、愛知県・安城市での導入(10/22開始)など、着実に加盟支部が増え続けている。
今後は、「地球に優しさ」、「地域に元気を!」をコンセプトに、各支部の地域文化や伝統、技術などを活用して商品を開発したアトム通貨オリジナル「十万馬力ブランド」の展開も計画しているという。
「アトム」というキャラクターで地域を盛り上げ、「アトム」自身が「いいこと」の象徴となれば、漫画やアニメの「アトム」を知らない人びとも、アトム通貨をきっかけに手塚作品に触れることができる。その結果、手塚氏の理念が広く流布し、未来の子どもたちや地球のためにアトム通貨の4つの理念である、「環境」、「地域」、「国際」、「教育」を推進していくことができるのだ。
鉄腕アトム生誕の地で生まれたアトム通貨は、これからも手塚氏の思いと参加する人びとの夢や希望をのせ、「いいこと」の象徴として全国へと広がっていくだろう。
アトム通貨=http://www.atom-community.jp/
-取材協力ー
株式会社手塚プロダクション
事業内容:手塚治虫の著作権管理および運用、アニメーション製作、出版・商品化、イベントなど