「紙」の魅力で「ひと・こと・もの」をつなぐ ~「まちの印刷屋さん」が仕掛ける新しい試み~
掲載日: 2013年04月18日
印刷を仕事にしているからこそ気づけない「紙」の新しい価値と可能性。それを探る一方で地域に目を向け、印刷や紙だけでなく、Web やイベントなども併用しながら地域の活性化に取り組んでいる印刷会社がある。自分達にできることを考え抜き、新しいアイデアを形にし続けているホウユウ株式会社の代表取締役・田中範子氏と専務・田中幸恵氏にお話を伺った。
数ある選択肢から選んだ印刷の道
遠く中世から国際貿易港として繁栄し、有力商人を中心に高度な自治を行ってきた大阪・堺市。その中でも古い歴史を持つ「山之口商店街」に、「紙」の可能性と堺の情報収集・発信を目的にした「紙cafe」がオープンした。
プロデュースしているのは印刷会社のホウユウ株式会社と子会社の株式会社つーる・ど・堺だ。同社は同業他社の顧客を中心に、プログラムやHTMLを含むWindows ベースでの入力・制作をする一方で、堺の地域情報サイト「つーる・ど・堺」を運営している。
創業は1975 年で、市役所に勤めていた初代社長・田中康允氏が設立した。「市役所を退職する時は、具体的に何の商売をするのか決まっていなかったので、貸し絵画や百科事典販売など、様々な仕事をしていたようです」と、専務の田中幸恵氏は言う。そのうち、中学校の前で文具屋を営んでいた親元の軒先を借りて文具の営業を始めると、中学校などから印刷の仕事が入るようになった。役所で発注方だったこともあり、印刷会社になろうと決めたが、印刷の知識や技術は皆無。しかし独自で勉強を重ねるうちに商売が軌道に乗り始め、生命保険会社や学校、役所関係を得意先とする総合印刷会社になった。
だが、対応できる印刷の幅が増え、順調に得意先も拡大していた矢先の1988年に創業者が病に倒れ、2年後の1990 年に他界した。現・代表取締役の田中範子氏が後継し社長に就任したが、多くの困難が待ち構えていた。
困難を乗り越えデジタル化へ舵を切る
範子氏が代表に就任して2 年間は、前社長の思いや仕事を引き継ぐ形で会社が回っていたが、いつしか事業を継続することに限界を感じるようになった。印刷現場は男性中心の仕事であるため、女性の自分でもできる仕事は何かと思いをめぐらせていた。
そこで、あるメーカーから発表された電子組版機を既に導入していたこともあり、デジタル化の方向へ舵を切ることにした。
しかし、その決定に不満を持った印刷・製版・製本の担当社員が一斉に退職してしまった。「当時は必死で実務担当者の気持ちにまで気がまわらなかった。結局、印刷機を使える社員は1 人になり、どうしようか悩んだ末、1992年に機械の処分を決めました」と範子氏は言う。
もともと大阪市役所の電算課での仕事経験があったためにコンピューターやデジタル化への抵抗がなく、電子化は一気に進んだ。周囲のディーラーなどから、「印刷屋が印刷をしなくてどうする」と言われながらも、前工程に主軸を置く業態に固執し、組版やIT 系の仕事に強みを持つ印刷会社となった。
「つーる・ど・堺」のミッション
同じ頃、取引先の学校の先生たちから、堺出身の歌人・与謝野晶子の短歌を百首集めた一人百首かるたの教材を作りたいと相談を持ちかけられ、「与謝野晶子百首かるた」を制作した。その販売チャネルとして1994 年に立ち上げたサイトが「ツール・ド・堺」の始まりだ。当初は与謝野晶子情報のみを紹介するサイトだったが、2000 年頃からは堺のイベントや文化、地域情報を伝えるサイトへと変化していった。
「近年、当社では同業者の仕事が増えましたが、同業社頼みでは自社の得意分野を生かし切れない。価格競争も大変厳しく先が読めなくなってきました。そこで、「まちの印刷屋さん」をキャッチコピーに地域へと目を向け、近隣の顧客を掘り起すことに方向転換しつつあります。「ツール・ド・堺」は半ば趣味感覚で始めたため、本業の印刷と分けて運営していましたが、地域にホウユウの存在を知ってもらうためのツールとして活用することにしました」。
これを契機として、2011 年には表記を改めた「つーる・ど・堺」をリニューアルオープンした。
地域住民との関係を構築していくうちに、地元が抱える問題点も見えてきた。地元で活動する人達の情報を伝える手段も、情報を交換するような「場」もない。市が広報する観光資源は昔から同じで目新しさがなく、地域住民へのアピールや囲い込みが上手くいっていない。そのため、堺の住民は地元の中心部を素通りして大阪市内へと足を運んでしまう。普段見落としているところにも面白いものがあり、地域はコンテンツの宝庫だと感じていた幸恵氏は、この状況を解決すべく「つーる・ど・堺」に3つのミッションを課した。1 つ目は、地域の情報を収集・発信することで地域コミュニティのつながりを強化する、2 つ目は、取材を通して地元で活躍する企業や団体などのキーパーソンと交流しながら人と人とを結びつける、そして3つ目に、Webだけでなくイベントやワークショップなどオフラインの活動を企画・運営して人々が集まる機会を作るというミッションだった。
手応えを感じた「Paperフリマ」
3つ目のミッションの1 つとして昨年12月に企画したのが、一般の来場者に紙が持つぬくもりや面白さを伝えられる場であるフリーマーケット、「Paperフリマ」だ。
「端紙で作ったチラシを近所に配布したところ、予想以上にたくさんの方々に来ていただきました。会場では、協力店舗をまわるスタンプラリーや端紙で作った雑貨も販売しましたが、とても盛況で、雑貨は早い時点で売り切れてしまいました」。Paperフリマを通して、普段から雑貨やアートに興味のある女性は「紙」に対しても興味を持っていること、「雑貨」や「フリマ」というキーワードに対して非常に敏感なことに気づいた。
定期的にイベントを開催することで人の集まる「場」を作って情報を発信し、地域を活性化させ、さらには紙や印刷に対して理解を深めていただくことが、自社や業界のためになる。そう考えて立ち上げたのが、アンテナショップとコミュニティ・カフェの役割を持つ「紙cafe produced by TOUR DESAKAI」だ。
「紙cafe」が結ぶ地域コミュニティ
多くの人に「紙」の可能性を伝え、地元情報を発信・収集するには、単発イベントやワークショップだけでなく、常に開いているリアルな「場」が必要だ。紙と地域情報を発信・収集し、ワークショップやイベントを通して「ひと・こと・もの」をつなげられる、新しい何かを始められる「場」として、2012年5 月6 日、「紙cafe」はオープンした。約2 カ月という短い準備期間でのオープンにも関わらず、堺で活躍する職人にオーダーしたこだわりの家具や、地元の老舗和菓子屋のお菓子を添えたメニューなどが用意され、全国から集められたお洒落で可愛らしい紙雑貨や紙cafe オリジナル商品など、紙の良さ、楽しさを伝え、親しんでもらえるカフェが出来上がった。「カフェやショップ運営は初めてなので、困難にぶつかることもあるかもしれない。でも、これまでがそうだったように、皆と協力して、走りながら楽しみながら乗り越えていきたい」。
今後についても、イベントやワークショップの定期開催、地元ソーシャルサイトとの連携など、話を聞いているこちらもワクワクしてくるようなアイデアが尽きず、紙と印刷の魅力に対する新しい捉え方、地域への訴求方法を再考させられた。
先生たちの要望で生まれた「与謝野晶子百首かるた」から「つーる・ど・堺」「Paper フリマ」「紙cafe」を経て、ホウユウの取り組んできた地域活性化活動は実を結びつつある。地域の「ひと・こと・もの」をつなげ、どんな困難も楽しみながら乗り越えて行く「まちの印刷屋さん」の地域貢献活動は、まだまだ始まったばかりだ。
JAGAT研究調査部 小林織恵
(JAGATinfo2012.6月号掲載より)
-取材協力ー
ホウユウ株式会社
● 設立=1975年(昭和50年)
● 代表取締役=田中 範子
● 事業内容=印刷全般、自費出版、プログラムやHTMLを含むWindowsベースでの入力・制作、AR、電子書籍制作など
● 事業所=〒590-0982 大阪府堺市堺区海山町1-8-4
● TEL=072-227-8231
● Webサイト=http://toursakai.jp/
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