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印刷会社がソリューションプロバイダーをめざすとは、顧客の課題を発見し印刷と関連メディアを駆使して解決策を提供することであり、B to B、B to C、B to Gなどの顧客とその先の顧客とのコミュニケーションを支援することが課題解決の出発点になる。
「いらっしゃいませお客様。うちはどのような印刷物でも作って差し上げます」、「それなら不景気で半分になった売上を取り戻せる効果的な印刷物をお願い」。大量のチラシ配布の販促効果が薄れる今、このような要望に印刷会社はどのように応えて行くのだろうか。One to one DM、クロスメディア、POPやサイン、キャンペーンなどいろいろな提案があるだろう。このときになぜそのような印刷物やメディアを使うのか。どのように効果的なのかが〝見せられない″と、結局は「一部幾ら?」、「一万部刷ったらどうなる」としか問われなくなる。印刷会社がソリューションプロバイダーをめざすとは、顧客の課題を発見し印刷と関連メディアを駆使して解決策を提供することであり、B to B、B to C、B to Gなどの顧客とその先の顧客とのコミュニケーションを支援することが課題解決の出発点になる。
1.最初は小さな変化であった
情報を運ぶことが主な役割である商業印刷物、出版印刷物、事務用印刷物、フォーム印刷物などはほんの10年ほど前までは、発注者にとって印刷物は手軽に発注できて安価で品質もよく、もっとも身近であり、ほとんど唯一の外部への情報発信の手段であった。この時代、印刷物にとっては国内企業の大多数を占める中小企業は重要な顧客であり、安定的に印刷物の発注者であり続けると思われていた。インターネットが普及するまではライバルはテレビであるが、全国展開については大企業だけが利用できる高額な全国誌・紙への広告出稿や東京や大阪のキー局からのCM放送などのいわゆる4マス媒体による展開に限られていた。しかし、地方に目を転じればアナログテレビの時代でも費用の安い地方局は地元企業によって広告媒体として広く利用されており、多チャンネル化されデジタルテレビになってからは地域の印刷会社が自社の宣伝に利用することも多く、地方の印刷会社にとってのテレビCMは制作も受注も行うなど、なじみのある広告媒体であり、地方新聞や雑誌、フリーペーパーなども地域に根差した印刷会社の守備範囲である。
これらのいわゆるオールドメディアにとって風向きが変わり始めたのは、1994年に登場した25万画素のカシオQV-10デジタルカメラ、1995年のマイクロソフトのWindows95、そして電話回線を利用した33.6kbpsのモデムによるインターネットへの接続である。今に続くデジタル化の波であるが、1995年当時の変化は印刷業界から見ると小さな変化であり、高品質でデータ量の多い印刷にとって当時のデジタル技術は〝取るに足りない"ものであると皆が思っていた。印刷のライバルになるにはほど遠く、直接的な印刷現場との出会いは企業に普及し始めたWindows95に搭載されたWord、Excel、PowerPointなどのOfficeアプリケーションソフトで作成された入稿原稿が、MAC-DTPと相性が良くないという現場の混乱であり、この状況は現在まで尾を引いている。
最初は小さかったデジタル化の変化は20年もたたない現在、デジタルカメラの画素数は50倍、Windows用PCのCPU処理速度は250倍、インターネットの速度は1000倍ほどに急上昇し、ノートPCとしてモバイル利用が当り前になっている。閲覧や簡単なコメント追加であれば世帯普及率が3割のスマートフォンも利用でき、8000円を切る電子ブックが国内でも発売にこぎつけるなど、印刷業界にとっては激震といえるような大変化をもたらしている。
2.印刷会社はコミュニケーション支援企業へ
印刷会社が行くべき方向は見えている。商業印刷では単なる印刷物製造業から脱し、コミュニケーション支援企業へと事業ドメインを再定義すること、すなわち、自社で生産し提供している印刷物やクロスメディアサービスに『どのような役割を持たせて、どのような結果を出させるのか』を発注者に語り、実際に提供することある。
印刷物は情報を伝える「媒体」の主体であるが、現在は情報伝達媒体として印刷物が持つ、「読む/学ぶ/調べる」という3大機能のうち、「調べる」役割はネットに接続された電子媒体の方が便利で早く、「読む/学ぶ」も電子媒体と連携したクロスメディアへの展開が普通のことになっている。
出版印刷物については各出版社の意向に沿った商品作りが、またパッケージなど素材系についても発注者に要望に合わせた物作りが求められる。
このように印刷品目ごとにビジネスは大きく異なるが、すべての出発点は顧客が解決したい社内外のコミュニケーションに関わる課題や商品価値、素材価値の発見である。解決策を的確に見出し、徹底したIT技術とリーンプロダクションによる超効率生産でワンストップ提供することで、顧客ニーズと顧客満足を得ることが可能となり収益も確保できる。一方、徹底した大規模化により収益力のあるローコスト生産体制を築き、予想される海外からの参入への対抗策を講じる方向もある。
3.顧客接点とマーケティング思考
従来の印刷企業は受注産業の体質が強く顧客から注文された印刷物を、注文された通りに作り、注文された納期を守りさえすれば良かった。しかし、印刷会社がコミュニケーション支援企業へと舵を切るために、または各出版社やメーカーのニーズに密着した印刷物を提供するためには、顧客のことを真剣に考え顧客の経営課題を印刷と関連メディアを最大限に活用して解決する方策を考え抜いて提案し実現できること。いわゆるマーケティング志向が新たな顧客との接点となる。顧客を誰よりも好きになり、研究することで企画提案力を高め、顧客の成長とともに印刷業も成長することである。そのために顧客の課題を発見し対応を深めることが企業力の強化であり競争力となる。販促方法やツール、付帯サービスなど具体的なコミュニケーションへの企画提案の無い営業活動は存在感を失ない、差別化は困難になってくる。
顧客の課題を真剣に考える企業風土を醸成するためには、問題解決を検討する機会を増やしマーケティング発想を習慣化することであり、自社の経営資源にこだわることなく多くの企業とコラボレーションする機会を増やし提案領域を拡大する勇気が問われてくる。
提案するときには実際に動くことを見てもらう、印刷物や関連するデジタルメディア(Web、サイネージ、電子カタログなど)のサンプルをエビデンス(証拠)として直ちに提示できるように、モノ作りの力を付けなければならない。顧客は提案にリアリティとスピード感があるほど、即決しやすい。例にしたダイレクトマーケティングだけでなく、環境対応、CO2削減、MUD提案、クロスメディア提案、付加価値印刷など、印刷会社には幅広いニーズに対する多様性と柔軟性が求められており、印刷物でもWebや電子カタログでも、実サンプルを示しながらの営業提案は強力な武器となり、提案からクロージングまでスピード感を持つことが大きな競争力になる。
4.差別化と独自性と多様性
今までの日本企業は、多くが同質化競争を戦略の中核にしてきた。前例や競合他社もやっているという理由が戦略決定の決め手になっていたが、今後の競争力強化の考え方は差別化と多様性である。競合他社と何が違うのか。何処が優れているのか.その強みに永続性はあるのかを自問自答する。ユニークな優位性を一つでも多く所有し、事業のアイデンティティを確立すべきである。差別化の要素に、企業の社会的責任を忘れてはならない。環境問題、コンプライアンス、社会文化貢献活動など社会と関わり、一人一人の社員や企業が社会に活かされてこそ、競争のスタート台に立てるのである。
しかし社員や経営者ですら自社のどこに競争力があり、また無いのかを分析的に理解していないことは多い。顧客から自社がどう評価され、何故指名されるのか。逆に他社が何故、指名されるのかを分析しているだろうか。顧客の課題解決だけでなく、印刷会社自身が顧客接点の在り方の改革、工程の改善、技術の習得により独自力を積み上げていくとこも必要である。独自の武器を持つことで、営業は自信を持って顧客を訪問できて、顧客から相談を持ちかけられる営業活動の好循環が定着する。値引き提案しかできない営業の姿はなくなるのである。一つでも独自力を持つことで競争のしかたも変わってくる。
自信を持って顧客に提案できる強い品目、他社には容易に真似のできない技術力、多様なニーズへの対応力、ソフトなどの独自性を持つには強みのある社外パートナーとのネットワークの存在が欠かせない。独自性を発揮できる武器として、スピーディに提示できる新たなモノ作りの仕組みを準備することで、継続した強みを発揮できる。
提案の実現に向けては仕事の全体を仕切れるプロデューサー的な人材、ITに強い人材、もの作りに強い人材、マーケティングに強い人材を、一人ずつでも良いので徹底的に教育してチャンピオンを育てる。彼らがパートナーを巻き込んで、ビジネスの好循環を回して収益を確保するキーマンになる。競争力を高めるためには、顧客がライバル企業と取引する理由を研究し自社の答えを持っている必要もある。
発注者も印刷会社も未曾有の大変化に自社がどう対応していくか悩みは尽きないが、景気変動だけでなく少子化・高齢化、IT(情報技術)の進歩が自社に及ぼす影響、メディアの特性(紙、電子)と取り組みまで考えておく必要がある。関連資料や白書類に目を通し、外部セミナーなどに参加して情報収集に努め、自社の方向性を研究することが欠かせない。
5.時代の変化(潮流)を読み続ける
経営の意思決定の妥当性を高めるためには時代の変化(潮流)を読まなければならない。そのために「過去を読む」、「未来を読む」という二つの側面がある。過去の事例から学んだ成功や失敗のエッセンスを意思決定に生かすことと、将来の予測とに現状とのギャップを埋める方策を練ることである。印刷物という便利で安価で感性価値の高いメディアの特性を十分に理解し電子メディアとの融合や、さらにはイベントとの連携など幅を広げたクロスメディアの発想と提案、そして実現できる力が印刷業に不可欠な要素である。経営の難しいかじ取りが問われているが、経営者は過去も未来も読まなければならない。何れも正解,不正解はなく妥当性と首尾一貫性が求められる。
経営者は社会の潮流を読み解き自信を持って根拠のある戦略を構築し組織を動かして欲しい。ビジネスの幅を広げることは、一方で各分野では〝その道のプロ″とぶつかることになるので、自らの理想とする姿を描き、こうすればこうなるというシナリオ(仮説)を実施して、正しかったか、間違っていたかを検証し、次の仮説の精度を高めていくことを永続的に繰り返すことが求められる。そして「顧客の課題を発見し解決できる」ような印刷会社が次代を担う
(相馬謙一)