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印刷博物館P&Pギャラリー「グラフィックトライアル2013」で展示中のオフセット印刷の実験企画からは、クリエーターとプリンティングディレクターの視点を通したオフセット印刷の新たな可能性が見える。
これはクリエーターと凸版印刷のプリンティングディレクター(PD)がタッグを組み、グラフィックデザインと印刷表現の可能性を追求する企画である(8月4日まで)。8回目となる今年のトライアルに挑戦したクリエーターは、佐藤晃一、成田久、髙谷廉、阿部拓也の4氏。
このトライアルは、オフセット印刷方式に限定した実験を行い、単色校正機(いわゆる平台校正機)を使用する点に特徴がある。展示会場には実験の集大成となる4人4様のポスターと同時に、制作プロセスの解説および実験過程の印刷物も展示され、クリエーターとPDの試行錯誤や思わぬ発見を見られるところに魅力がある。
●今年のテーマは「燦(さん)」
2011年までの実験テーマはクリエーター各自に委ねられていたが、2012年からは統一テーマを設けている。今年のテーマは「燦」。「きらめき」「あざやか」「美しいさま」を意味する言葉だ。同じテーマであってもその解釈はクリエーターの数だけある。統一テーマの存在は、クリエーターの個性をより浮かび上がらせる結果となっている。
●実験は、クリエーターとPDの二人三脚で
アイデアを形にするために、クリエーターとPDは約半年間、二人三脚で実験を繰り返す。インキの種類、刷り順、用紙、製版技術などを組み合わせ、最もイメージに近い手法を選んでいく。最終形のポスターの版数は時に20版を超える。これを単色校正機で一版一版刷り重ねていくのである。グラフィックトライアルの主役はクリエーターだが、影の主役は、PDと校正機のオペレーターなのではないだろうか。 以下、その成果を紹介する。
佐藤晃一氏
「蛍光インキによるパステル表現の可能性」
©きいち/小学館
”きいちのぬりえ”シリーズをモチーフに、淡く光るイメージの少女を表現した。
蛍光インキにオペークホワイトを混ぜてパステル調を表現している。また、ぼかした画像とシャープな画像を重ねることで、画面全体が柔らかく、しかし輪郭はしっかりと残す作品になっている。
成田久氏
「パッチワーク印刷でドキドキがいっぱい♥」
自身の顔写真を、表現手法を変えて一面に並べ、派手なインパクトを狙った。用紙の色は白、イエロー、ピンク、オレンジ、グリーンの5種類。紙色の違いを感じさせない色再現も併せて追求している。肌色の再現は、イエローの上では比較的容易だが、グリーンの上では難しく、下地にオペークホワイトを刷り重ねて再現している。
髙谷廉氏
「色によるハレーション効果の追求」
相対する色がぶつかり合い、目がチカチカして見えるハレーション。通常嫌われるこの現象をあえて生かす実験を行った。鮮やかな色だけでなく、淡い色同士の組み合わせでもハレーションが起こるという発見があった。幾何学的なパターンへの配色、用紙の色による効果などを盛り込み、江戸末期の錦絵や紋様をイメージさせる作品に仕上がっている。
阿部拓也氏
「暗闇のなかに輝く光を」
赴任先の仙台で東日本大震災を迎えた阿部氏は、当時の暗闇と希望の光を再現しようと、黒の表現を追求。スミの上にパールニスを刷ると青みを帯びたり、蛍光メジウムを刷ると強い群青色になったりなどの発見があった。紙やインキ、印刷や刷り順の組み合わせにより、ロウソクの明かりや星空、街の灯などを表現した。
●デザインと印刷の面白さを来場者に伝える
来場者はデザイナーや学生が多く、「通常はなかなかできない実験を目にし、刺激を受けた」「作品自体が素晴らしい」などの感想が多く寄せられているという。
今年6月に札幌駅前通 地下歩行空間で開催された「トッパンクリエイティブ展」では、「グラフィックトライアル2013」の作品も展示された。公共空間だけに一般の鑑賞者も多く、「デザインや印刷に詳しくはないけれどもこのポスターは好き」「印刷は面白い」などの好反響があった。
「グラフィックトライアル」は、デザイン関係者にオフセット印刷技法の理解とアイデアのヒントを提供し、一般の生活者には、デザインと印刷の価値を啓蒙する役割を担っている。
●訴求力ある印刷物は、デザイン力、印刷技術、コミュニケーションによって
「グラフィックトライアル」は、印刷業界の人にとっても学ぶ点が多いのではないか。
オフセット印刷機で大量印刷を行う場合には、必ずしも実験結果の全てを採用できるわけではない。しかし、工夫次第で実現可能な要素もあるだろう。
付加価値の創造、他社との差別化のためには、時には実験的な印刷も必要になるだろう。
同時に「グラフィックトライアル」は、グラフィックデザイナーと印刷会社の関係のあり方も示唆している。
デザイナーがいくら斬新なアイデアをもっていても、印刷技術を知らなければ思いどおりの製品に仕上げることはできない。同様に、印刷会社がいくら技術を持っていても、アイデアなくして訴求力ある印刷物を作り出すことはできない。デザイナーと印刷技術者がコミュニケーションを取り合い相互理解をしてこそ、訴求効果の高い印刷製品が生まれる。印刷会社がデザイン力を高めるためには、デザインへの理解、印刷技術への精通、そしてコミュニケーション能力が不可欠といえる。
「グラフィックトライアル2013-燦(さん)-」
●会期:2013年5月18日(土)〜2013年8月4日(日)
●休館日:毎週月曜日
●会場:印刷博物館P&Pギャラリー(東京都文京区水道1-3-3 トッパン小石川ビル)
●開館時間:10:00〜18:00
●料金:無料(※印刷博物館本展示に入場の際は入場料が必要)
●主催:凸版印刷株式会社 印刷博物館
●企画:凸版印刷株式会社 グラフィック・アーツ・センター
http://biz.toppan.co.jp/gainfo/graphictrial/2013/