クロスメディア考現学(9)山形国際ドキュメンタリー映画祭で感じたこと
掲載日: 2013年10月25日
「クロスメディア」というキーワードから想起されるビジネスやサービスの「現在(いま)」を毎月再考していく。
クロスメディア考現学(9)
山形国際ドキュメンタリー映画祭で感じたこと
山形国際ドキュメンタリー映画祭 が2013年10月10日から17日まで開催された。三日間ではあるが、初めて参加してみた。「オールドメディア」としての映画にどんな潜在的な力があるのか、他のメディアとの補完関係などを考察してみる。
山形が「映画の町」になる一週間
山形国際ドキュメンタリー映画祭は、1989年に山形市の市制施行100周年事業として始まりました。存続が危ぶまれたこともありましたが、隔年奇数年の10月、一週間にわたって開催されています。
今年は映画祭全体で、123の国と地域から1761本の応募があり、その中から209作品が上映されました。世界中のドキュメンタリー作品が一堂に集結して世界の「今」「歴史」を感じさせてくれるイベントです。
日本国内で昨年公開された1000本ほどの洋画・邦画のうち、約2割180本ほどがドキュメンタリー映画と言われています。これは増加傾向にあり、コンテンツとしてドキュメンタリー映画は時代に求められているといえます。
「かぞくのくに」のヤン・ヨンヒ監督は「山形の映画祭」で生まれた
この山形の映画祭にお誘いいただいたのは、映画「
かぞくのくに 」で昨年のキネマ旬報邦画ベストワン、第85回アカデミー賞・外国語映画賞の日本代表としてノミネートされたヤン・ヨンヒ監督でした。
デビュー作「ディア・ピョンヤン」というドキュメンタリー作品で注目された監督で、2005年の本映画祭で特別賞を受賞。いわば映画監督ヤン・ヨンヒが生まれた映画祭ともいえます。
監督との出会いは、雑誌『サイゾー』『ビッグイシュー』でインタビュー記事を読み、二作目である「愛しきソナ」を鑑賞し、ツイッターで感想をつぶやいたのがきっかけです。
「雑誌」→「映画」→「ソーシャルメディア」→「リアルで会う」という経緯を辿ってきました。
映画とクロスメディアを考察
山形国際ドキュメンタリー映画祭初参加にあたり、下準備として役立ったのは9月の末に発刊されたばかりの書籍『
あきらめない映画 山形国際ドキュメンタリー映画祭の日々 』(山之内悦子 著)でした。
著者の山之内氏は1989年の第1回目の山形の映画祭から皆勤賞である通訳者。会場でもこの書籍は飛ぶように売れていました。山形の街中に貼り出されるポスター、公式カタログ、チラシ、日刊で発行されるニューズレターと様々な印刷物が映画祭を盛り上げていました。
→市民賞を選ぶ投票用紙
「とっても良い」「良い」「ふつう」「あまり良くない」「良くない」の評価の部分を切り裂いて投票箱に入れる。アナログでシンプルで良かった。
→山形の映画祭といえばコレ!
参加する人は皆、タイムテーブルに蛍光ペンで印をつけます。どれを見るか決めて、山形の町を闊歩します。こうした使い勝手はやはり紙メディアが一番!
書籍のベストセラーを映画化するなど、映画と出版はそもそも関係が深いといえます。自社の書籍を映画化するという手法は徳間書店や角川書店が著名ですが、イギリスでは1960年代に「007 ジェームズ・ボンド」シリーズが書籍でヒットしてから映画化が試みられたように、世界的に取り入れられています。
「オールドメディア」としての映画の魅力
そして映画祭の主役である映画というメディア。『
明日のテレビ 』(志村一隆 著 朝日新書)は、50年周期で映像メディアの主役は変遷していることを指摘しています。
1910年代に、映画は世界各地で人気の娯楽となりました。日本で一番映画が観られたのは1958年で、延べ11億人が映画館に足を運びましたが、2012年には1.6億人にまで減りました(「日本映画産業統計」一般社団法人 日本映画製作者連盟)。
1958年にピークになった映画産業は、1960年になると、テレビが黄金時代となって主役の座を奪われてしまいます。
こうした意味で映画を「オールドメディア」と呼ぶことに異論はないでしょう。しかし、3日間で短編を含めて14作品を鑑賞し、映画のメディアとしての魅力、潜在的な力を再認識できました。
他メディア同様、映画のコンテンツもDVDなどのパッケージメディアから配信にシフトし、ネットフリックスやフールーなどのサービスによって、スマートテレビ、PC、タブレットそしてスマートフォンなどでも享受できるようになりました。
しかし、リアルな映画館という場所に足を運び、暗闇の中、集団での鑑賞。これは考えようによっては「不自由」な鑑賞です。途中で再生を止めるわけにはいきません。しかし、この「不自由さ」こそが感受性を研ぎすませ、より作品を深く感じられるオールドメディアとしての映画の醍醐味ではないでしょうか?
山形の映画祭の期間中に「香味案」というファン、監督、ボランティアの交流の場である格安酒場が運営されています。開店は夜の10時。この「香味案」で徹底的に作品について、夜通し語り合うことができます。究極のリアル・ソーシャル・ビューイングといえるでしょう。
アナログとデジタルの融合という視点も確かに「クロスメディア」の一つの視点です。しかし、スマートテレビ、PC、タブレット、スマートフォンと、4つのスクリーンに出版、通信、映像のコンテンツがそれぞれ享受できるような環境が整った現在、「印刷」また「映画」というメディアの魅力、潜在的な力を考察しつつ、改めて「クロスメディア」という観点で相対化させ、ポジショニングしてみることが大切であると痛感した三日間でした。
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今回、上記に登場した志村一隆氏からコメントをいただきました。ここに紹介します。
池田 4つのスクリーンに出版、通信、映像のコンテンツがそれぞれ享受できるような環境が整ったいま、「印刷」や「映画」というメディアの魅力って何でしょうね?
志村 難しいですねえ。
我々が享受できるようになったのは、どこでもスクリーンだけでなく、スマホのカメラのような手のひらに収まる記録装置です。
そして、その表現形式として、印刷は600年、映画は100年、長い間我々が親しんでる技術。
21世紀はこうしたメディア技術を、我々が能動的に利用する100年になるでしょう。
誰もが印刷や映画?(像)で身の回りを記録し始めると思います。
つまり、セルフ・ドキュメンタリーですね。
山形国際映画祭におけるドキュメンタリーの活況は、そんな時代を先取りしていると思います。
志村一隆 株式会社情報通信総合研究所 グローバル研究グループ 主任研究員
1991年早稲田大学卒業、WOWOW入社。2001年ケータイWOWOW設立、代表取締役就任。2007年より情報通信総合研究所で、放送、インターネットの海外動向の研究に従事2000年エモリー大学でMBA、2005年高知工科大学で博士号
著書に『明日のテレビ』『ネットテレビの衝撃』『明日のメディア』など。
http://www.icr.co.jp/works/researchers/shimura.html
http://ayablog.jp/archives/category/%e3%82%b3%e3%83%a9%e3%83%a0%e3%83%8b%e3%82%b9%e3%83%88/%e5%bf%97%e6%9d%91%e4%b8%80%e9%9a%86
http://sumi-e.jp/index_j.html
一般社団法人 電子出版制作・流通協議会
池田 敬二
1994年東京都立大学人文学部卒業後、大日本印刷に入社。入社以来、出版印刷の営業、企画部門を歴任。2010年より一般社団法人 電子出版制作・流通協議会 事務局に勤務。趣味は弾き語り(Gibson J-45)と空手。JAGAT認証クロスメディアエキスパート。日本電子出版協会クロスメディア研究委員会委員長。JPM認証プロモーショナルマーケター。
Twitter : @spring41
Facebook : https://www.facebook.com/keiji.ikeda
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