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地域で事業を営む企業と連携しながら地域貢献活動を続けている印刷会社や、そのほかの様々な活動を紹介します。
今回は、近年新しい地域活性化策として注目を集める、「アニメツーリズム」で成功を収める埼玉県・秩父市の秩父アニメーション実行委員会の取り組みを取り上げた。アニメ作品のモデル地域となった偶然を生かし、地域振興と新しい需要創出を実現した、秩父市の秩父アニメーション実行委員会の中島学氏にお話をうかがった。
観光の街・秩父で始まった町おこし
日本初の通貨「和同開珎」の銅を産出し、秩父神社の門前町、4つの都県隣接する物資の集積地として栄えてきた埼玉県・秩父市。「日本三大曳山祭り」の1つ「秩父夜祭」、手作りロケット「龍勢」を奉納する「龍勢祭」など長い歴史や由緒を持つ祭り、四季折々の美しさを見せる豊かな自然など、魅力的な観光資源を持っている。
しかし、長引く不況や大震災による観光客の減少や、若い世代の新規観光客を獲得できないなど、深刻な問題を抱えていた。
その問題の解決策として2010年から取り組まれているのが、アニメを活用した地域・観光振興プロジェクトである。
このプロジェクトの中心は、秩父市や西武鉄道株式会社、秩父鉄道株式会社など10団体から構成される「秩父アニメツーリズム実行委員会」(平成22年度設立)だ。
団体名の「アニメツーリズム」とは、アニメや漫画のファンが作品の舞台となった土地を実際に訪れる旅行のことで、「聖地巡礼」とも呼ばれる。同じく埼玉県久喜市にある鷲宮神社を舞台としたアニメ「らき☆すた」(2007年放映)の成功例で注目を集め、現在は新たな地域振興策として全国各地で注目されている。
自然と深まっていった周囲の理解
秩父アニメツーリズム実行委員会の活動は、2010年8月のイベント「銀河鉄道999in秩父」を皮切りにスタートした。その後、アニメ制作会社から西武鉄道へ協力依頼があり、2011年4月放映の秩父をモデル都市とした「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」(以下、あの花)の情報を得て、取り組み始めた。
「当初は、少しでも地域活性化に繋がればと半信半疑の思いで始めましたが、どの程度の効果があるか全く予測が出来なかった」と、秩父市産業観光部観光課の中島学氏はいう。
しかし、幼馴染の死を体験した高校生たちの絆や成長、恋愛や罪の意識など、ドラマ性を重視した作品「あの花」は、放映直後から大きな話題を呼んだ。アニメについて行政から積極的な広報はしなかったが、4月下旬になると聖地巡礼で秩父を訪れる大勢の若者の姿が町中で見られるようになり、商店街や地域住民の注目を集めた。
埼玉県は「となりのトトロ」や「クレヨンしんちゃん」など、アニメや漫画の舞台になることが多く、これらの文化を受け入れる素養がある。また、秩父は多くの祭りがあり、何事も楽しむ素地を持つ人が多い。関係各所へ協力を要請した際も、伝統ある観光都市にも関わらず先入観やアニメに対する懐疑的な見方も無く、2つ返事で了解が出た。
5月下旬には商店街の承諾を得て、街なかの駅や商店街に500枚以上の「あの花街頭フラッグ」を掲出し、ファンを迎える環境を整えた。街並みや秩父の雰囲気にマッチした街頭フラッグは地域住民の理解を一層深め、地域を巻き込んだアニメ活用による地域おこしが本格化した。
関わる全ての人に恩恵が循環するシステム
2011年7月からは、実行委員会が企画・製作し地元の若いアニメファンからの意見も取り入れた「あの花オフィシャルマップ(聖地巡礼マップ)」4万部の配布も始めた。次第に、地域住民からの反応が増え、無償で協力してくれる人も現れた。アニメツーリズムは、行政や団体、個人の垣根を取り払い、以前では考えられない関係性や協力体制が生んでいった。
立場の異なる多くの協力者を得たプロジェクトの中心「秩父アニメツーリズム実行委員会」には、2つの大きな役割がある。
1つは、観光客誘客やファンの「街なか回遊」を目的としたイベントの企画・運営、もう1つは関連グッズの企画制作だ。前者は実行委員会を中心に、グッズは実行委員会メンバーの商工会議所が担当している。「商品化に関する目利きや専門知識など、ノウハウを持つ商工会議所が窓口に立ち、申請や版権料の支払いなどを代行してくれるため、アニメ制作会社にも商店街や地元企業にも喜ばれています」。
アニメ制作会社の承諾を得たグッズの商品化は、申請企業や商店が取引する印刷会社や製作会社へ発注するため、関連企業にも新しい需要が生まれる。こうして、「あの花」ファンはもちろん、商店や企業など関わる全ての人たちが恩恵を得るシステムが出来ていった。
「あの花」を通して育んだ多くの財産
「あの花オフィシャルマップ」の配布とともに始まったのが、断続的に開催された「七夕イベント」と「聖地巡礼イベント」である。
各イベントとも、クリアファイルやポストカードなどのオリジナルグッズを1000枚以上用意したがすぐに無くなり、中には開始時間前から100人以上が並ぶイベントもあった。
続く9月のアニメ制作会社主催イベント「ANOHANA FES.」では、秩父開催にも関わらず約1万人の参加者を集めた。アニメに登場する主人公6人「超平和バスターズ」が奉納者となり、主演声優がロケット花火の打ち上げ口上を務めた10月の「龍勢祭」では、過去最高となる11万1300人を動員した。11月下旬には「あの花オフィシャルマップ」(聖地巡礼マップ)を6万部増刷するなど、好循環が生まれていった。また、イベントに足を運ぶうちに秩父が好きになり、何度も足を運ぶファンや、秩父の「あの花」ファンとともにキャラクターグッズ関連の会社を立ち上げる動きも出てきた。
秩父アニメツーリズム実行委員会の推計によると、「あの花」の放送が開始した2011年4月から同年10月までで、聖地巡礼やイベント参加を目的に秩父を訪れたファンは約8万人にも上り、約3.2億円の経済効果がもたらされた。
アニメに明るくない担当者達が手探りで始めたプロジェクトだったが、多くの発見が生まれた。これまでにない人との関係構築や大きな経済効果、そして5年、10年後の観光客の獲得など、地域の問題点を解決すると共にお金だけではない、未来に続く多くの財産をもたらしたのである。
柔軟な発想力で新しい需要を創造
大きな成功を収めた2011年度に続き、2012年度も「『あの花』in秩父キャンペーン2012」として、誘客事業及び街なか回遊事業を進めている。
2012年3月の「アニメコンテンツエキスポ2012」では、放映から丸1年が経過していたにも関わらず多くのファンが立ち寄り、経産省が推進するクールジャパン戦略推進事業の一環として上海で開催されたイベント(8月)では、多くの現地ファンに受け入れられた。
国内には他にもアニメを活用して町おこしをする自治体があるが、中島氏は多くのファンに愛されるアニメ作品の世界観を壊さずに秩父の資源を活用できる企画を常に考えているという。
イベント参加者へのプレゼントも、印刷会社などに相談してファンが喜ぶことを第一に制作している。いつも助けられていると笑って話してくれたが、一方でアニメ制作会社やファンの作品に対するこだわりなどへの理解に乏しい印刷会社もあり、調整に時間がかかることもあるという。
新しい需要は自分たちで作り出すことができる。先入観を持たずにものごとを柔軟に受け入れ、自分達の持つノウハウを生かしてクライアントの困りごとを解決できれば、新しい分野に進出できる余地は多分にある。
今回紹介した秩父アニメツーリズム実行委員会の事例は、地域にあるコンテンツと物語(ストーリー)を結びつけ、訪れる多くのファンを喜ばせながら地域の課題を解決し、新しい需要を創出した成功事例といえる。
-取材協力ー
秩父アニメツーリズム実行委員会