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コミュニケーションビジネス戦略には、「潤沢と稀少」を捉えることが不可欠である。チャンスとチャレンジもそこにある。
■メディアの進化と品質との関係
レコードがCDに換わったときに、店員から聞いた話だが、歌謡曲・ポップスのファンはレコードジャケットが小さくなったこと以外あまり気にしていない。クラシックの場合もファンはさほど気にせず、むしろ場所を取らなくなったのでそれを喜んでいる人もいる。
抵抗感があるのが、JAZZファンだという。いかにもこだわりがありそうで、プレイヤー自身のバックボーンはもちろんのこと、録音日時・場所、別Takeの存在も記憶しているような人たちである。レコードのあの少しこもった音が良いのだそうだ。とくにカフェのライブ盤などは、CDでは聴こえすぎて(他の音まで拾いすぎて)しまい、よくないとのことである。
しかし、同じことは映像でも言えるだろう。ハイビジョンがそうだし、地デジになって肌の細かい部分まで見えてしまい、女優泣かせで、特注のファンデーションが作られたという噂もあるくらいだ。また時代劇のかつらがはっきりと見えてしまう(人によっては時代劇でなくてもわかってしまう!?)。フイルムの質感のほうが好きだという人も多い。
聴こえすぎる、見えすぎるものは、時として過剰なクオリティに陥りがちだ。印刷物にしても美術印刷やポスターの類ならまだしも、手にした途端に情報が陳腐化してしまうようなものに、過剰な品質が必要なのか、検討していくべきではないか。
■新たな価値観を決める「潤沢と稀少」
いまや音楽もクラウド上にあり、CDというパッケージメディアも生産量が減っているという。レコードの場合「コーティングジャケット」で、しかも通常のものより分厚くて重たい「重量盤」を偏愛する人がいる。重量盤のいいところは、ターンテーブルにしっかり密着することであり、重いのにはわけがあるのだ。
レコード自身が稀少価値になり、それこそ入手困難な逸品になるとコレクターという存在が生まれる。そういった人たちに向けて、レコードだけでなくサブカル色の強い商品を販売する商売ができてくる。
また電子書籍が今後普及していくのならば、紙の本は価値が出てきてしかるべきだろうし、稀少性ということで説明がつく。EPUBがスタンダードになれば、出版はデジタル化が前提になり、価値のあるものを紙の本にするといった戦略もでてくる。
「潤沢と稀少」については、インフォバーンの小林弘人氏がJAGAT刊『印刷白書2010』において、「コモディティ化によって、魅力的な利益がバリューチェーンのある段階で消滅していくと、通常は隣接している領域に新しい魅力的利益を得る機会が持ち上がってくる」と解説している。これは、クレイトン・クリステンセン『イノベーションへの解』(『イノベーションのジレンマ』の続編)の中の「魅力的利益保存の法則」に基づいている。
新たな土俵で勝つためには、「潤沢を徹底活用するか、もしくは新しい稀少価値を見つけて、その換金化手段を手に入れるしかない」のであり、「印刷機がもしも潤沢化して、輪転機でしかできなかったことが、自宅でも可能になったら、もしも金額的に誰もが買えるような時代になったら、果たして稀少はどこに移行していくのでしょうか。あるいは今まで稀少だと思われていたものが、どうやって今後は潤沢化していくのか、ということを自分のビジネスに当てはめていくことで次の5年、10年においてのヒントになるのではないでしょうか」と述べている。
■できることにチャレンジする
つまり、この潤沢と稀少の価値に気づくか気づかないか、またそれをどのようにマネタイズしていくかが勝負の分かれ目だということである。誰も気づかないことに気づくのは、ほとんど啓示に近い奇跡かもしれない。ただし、イノベーションを生み出すためには、啓示が必要なのである。
2010年からもう4年たつが、その間にもクリス・アンダーソンの『MAKERS』では、3Dプリンターをつかった製造業の復活に、近い概念が盛り込まれている。またウェアラブル・コンピュータも話題になってきている。ものごとは「先にやったもの勝ち」の場合もあるし、一方で完璧に模倣されることもある。
一番いけないのは、軽視して何もしないことであろう。そのうち痛い目にあう。Macintoshが出てきたときに多くの印刷・出版業界の人は異口同音に「あんなものはオモチャだ」と言っていた。
だから世の中のあらゆることにアンテナを張り巡らせて、少しでも感性に触れるものがあれば、自らがチャレンジしていくことが大切なのである。特にデジタルメディアの動向は常にウォッチしておくべきである。JAGATでも一見印刷とは関係のなさそうなメディアビジネスを調査している。これからのビジネスには不可欠な「基礎知識」だからである。
突拍子もなさそうなものにもヒントが隠されている。コミュニケーションビジネスにおける「情報の届け方」を自社の立場でとことん真剣に考える。周囲から「あいつ何やっているんだ?」と言われるくらいの人が、じつは新しいビジネスを生み出すかもしれないのである。
(JAGAT 研究調査部 上野寿)
【プリンティング・マーケティング研究会】
2014年4月21日(月)
IPEX2014と英国印刷会社4社の視察報告
2014年3月24~29日にロンドンで開催された世界4大機材展の一つ「IPEX」。視察した4人が見た「IPEX」の印刷技術トレンドと英国の先進的な印刷4社に見る印刷経営トレンドを報告します。