本記事は、アーカイブに保存されている過去の記事です。最新の情報は、公益社団法人日本印刷技術協会(JAGAT)サイトをご確認ください。
「クロスメディア」というキーワードから想起されるビジネスやサービスの「現在(いま)」を毎月再考していく。
新たなプラットフォームが続々と登場し、印刷ビジネスにとってWebや電子といったサービスを有効活用させたクロスメディアという視点はますます重要性を帯びてきている。出版コンテンツの価値、魅力を再確認し、今後の印刷ビジネスをあらためて展望してみる。
ドキュメンタリー映画「疎開した40万冊の図書」
2013年8月に日経新聞の文化面で、ドキュメンタリー映画「疎開した40万冊の図書」(金高謙二 監督)の存在を知りました。3月28日に千代田区さくら祭りのイベントの一環として、明治大学中央図書館で上映されることを知り、気になっていた作品をようやく観ることができました。
爆撃に備え戦時中の1944年に、東京都立日比谷図書館では約26万冊の図書の疎開を計画しました。さらに都内の法人や個人などが所有する貴重な蔵書も買い上げ、計約40万冊の図書を戦禍から避難させたのです。勤労学徒動員で駆り出されたのは都立一中(現・日比谷高校)の生徒たち26名。リュックや大八車で、奥多摩や埼玉県志木まで苦労しながら運びました。
これらの史実を伝えようとしたのが映画の趣旨です。書籍版の「疎開した40万冊の図書」(金高謙二 著 幻戯書房)に以下の記述があります。
「戦争は人々に直接的なダメージを与えるだけでなく、民族の尊厳や文化をも根こそぎ破壊する」「自分の命を守り生きるのが精一杯だった戦時下で、多くの人がつらく過酷な体験をしながら文化を守った」
この出来事も含め長い歴史の流れに現在の出版文化が連なっていることを改めて認識し、自分自身も出版印刷という立場で携わっていることに身が引き締まる想いがしました。
映画では日比谷図書館だけでなく、イラク戦争の空襲から本を守るため、3万冊もの蔵書を自宅へ運び避難させた女性図書館員のことも紹介しています。
また東日本大震災が起こる1カ月前の2011年2月に撮影した福島県飯舘村も登場します。村内に図書館がなかったため、インターネットを通じて絵本の寄贈を募集し、子供たちが贈り主に感謝の言葉を伝えるシーンも印象的でした。
この連載では、Webやデジタルの力を印刷ビジネスにいかに味方にしていくかということを書いてきましたが、出版コンテンツの価値そのものを再認識させてくれた映画でした。
「ウェブとはすなわち現実世界の未来図である」
『FREE』『SHARE』『MAKERS』の監修をしている小林弘人さんが、『ウェブとはすなわち現実世界の未来図である』(PHP新書)という本を出しました。
発売になってすぐに読了し、フェイスブックで小林弘人さんに「明解なビジョンを平易に書かれていて感服いたしました。」とコメントすると「ありがとうございます。遺作を書くならこれだという気合いの入れ様でしたので、そう言っていただけると嬉しいです。」との返信をいただきました。SNSを通じて、著者にダイレクトにしかもリアルタイムに感想を伝え、会話ができてしまう有益さと利便性を改めて実感。
本書で一番忘れがたいのは、Webもまだまだ万能ではないと強調していたことです。第5章「検索できないものをみつけよう」にある「インターネットにすべてが載っていると思ったら大間違いで、まだリアル社会のもつ情報量に比べて圧倒的に少ない」「実際に人に会い、そこで見つけた課題を、ネット的な思考法を活用して解決していく」「そうしたフィールドワークを通し、リアルなコミュニケーションで知性を獲得するには、そういった場所へ出向き、発信しなければならない」という記述に強く共感しました。
クリエイターと読者をつなぐnote(ノート)がサービスを開始
2014年4月7日にnote(ノート) というサービスが始まりました。文章、写真、イラスト、音楽、映像などを手軽に投稿できる、クリエイターと読者をつなぐものです。
誰もがコンテンツを無料で公開できますが、最大の特徴は創作したコンテンツを販売できることにあります。私も早速始めてみました。https://note.mu/spring41
まずは無料ですが、前回のこの連載でご紹介したフリーライターの鷹野凌さんの詩に私が曲をつけた「月刊 群雛/創刊の辞」の音声ファイルを上げてみました。
鷹野さんは、このnote(ノート)をサービス開始日にすぐに始め、興味深い試みをしています。もともと鷹野さんはブログ「見て歩く者 」にPayPalビジネスアカウントのカート機能で、「投げ銭」ボタンを設置していました。それは「読んでみて『よかった』『ためになった』と思ったら投げ銭してください」というものです。「ものは試しだ」とnote(ノート)でも「投げ銭」を試みておりました。
またイラストレーターの松野美穂さん はnote(ノート)について「ゴザのうえにキレイな小石を並べて売るくらいのつもりでいたら、ぽつりぽつりと買ってくださる方がいらしてこそばい」とフェイスブックに投稿がありました。このサービスのクリエイター側の感触を端的に表していると感じました。
松野美穂さんのnote(ノート)https://note.mu/matsunom
こうしたnote(ノート)のようなサービスも、既存の出版、音楽、映像といったビジネスを補完するものとして注目に値すると思います。無料が当たり前のWebの世界でどのようなコンテンツが有料の価値があるのかを見極めることは、今後の出版、印刷ビジネスのビジョンを描く上でも重要になっていくと確信いたします。
大日本印刷株式会社 市谷事業部
池田 敬二
1994年東京都立大学人文学部卒業後、大日本印刷に入社。入社以来、出版印刷の営業、企画部門を歴任。趣味は弾き語り(Gibson J-45)と空手。JAGAT認証クロスメディアエキスパート、DTPエキスパート。日本電子出版協会クロスメディア研究委員会委員長。JPM認証プロモーショナルマーケター。
Twitter : @spring41
Facebook : https://www.facebook.com/keiji.ikeda
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