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デジタル化が進んで、メディアが多様化していき、それを享受する側も多様化している。出版メディアも新たなモデルが出てきている。
■メディアの変化に対応する「顧客志向」
デジタル時代の戦略を考えた時にこれまでのような拡大路線で行くよりも差別化を図ることが大切になるだろう。右肩上がりの時代ならいざ知らず、これからは個人の時代、つまりどれだけ個性を訴求できるかが、差別化ポイントになるからだ。
そのためには、自社の強みを活かしつつ継続的なコミュニケーションを取ることである。自社の足元、得意なサービス提供をしっかり確認・把握して、優位性を担保しておくべきである。
印刷会社の場合なら、付加価値をどのように顧客に提供できるかが、勝敗を決める。ただし、印刷はモノづくりであるため、手段と目的を取り違えてしまわないように注意が必要である。
基本は「顧客志向」で、読んで字のごとく顧客の立場でサービスを提供することだが、これが意外と難しい。自分がサービスや商品を受ける側だとしたらどのようなものを望むのかを考えていくべきだが、「顧客志向」は玉虫色で、どんな解釈も可能である。
今の時点では、生活者のメディア接触時間は、スマートフォン・タブレット使用が圧倒的に多いので、そこに仕組みを作ることが効果的であろう。「ユーザー間のコミュニケーション」をとるソーシャルメディアが成長し、オールドメディアが変化している。
■拡大する電子出版市場での出版社の動き
調査会社のインプレスビジネスメディア(東京・千代田)によると、2013年度の電子書籍市場は936億円、電子雑誌も加えた電子出版市場全般は、前年度比31.9%増の1013億円となり、初めて1000億円を超えた。ライトユーザー向けの電子書籍(コミック)も好調で、2018年度には電子出版市場が3340億円に成長すると予測している。
出版社の電子化戦略で、「顧客志向」を考えた時に、紙とデジタルのハイブリットで進めていくべきである。なぜなら書籍のデジタル化は、やはり音楽や動画などに比べるとコンテンツ内容についても利用頻度の面においても後れを取っていると言わざるを得ないからである。
紙の書籍はそのまま電子化しても面白くないことが課題だ。音楽は視聴のスタイルが変わったことがむしろプラスに働いている。しかし、本の場合はそれだけでは意味がないのである。
つまり紙のデジタル化だけでは、消費者(読者)の生活行動を変化させるだけの力がないからだ。「紙と同じような感覚で読めるデバイス」とよく言うが、それなら紙で十分だ。
足りないのはデジタル化する魅力、もしくは使い勝手と言ってもよいかもしれない。だから単に紙をWebに置き換えるだけでなく、コンテンツを最大限に活かすために、アプリにして敷居を低くするとか紙とは違う可能性を提供するといった付加価値が必要になる。
自炊したPDFをEPUBに変換するフローもあるが、それだけだと印刷会社のビジネスにはなりえない。しかし、新刊本で紙と電子書籍の同時配信が進んでいけば、印刷会社の出番がある。学研グループのデジタル事業戦略会社ブックビヨンドでは、先ごろ「紙と電子の新刊同時配信(サイマル配信)体制」を印刷会社との協業により構築した。サイマル配信がスタンダードになった結果、電子本の利便性が確認されたり、逆に紙の良さがわかって紙の単行本も売れていくといった現象が起きるかもしれない。
■広がるマンガの世界
出版科学研究所の統計資料によると、出版市場は1996年をピークに縮小の一途をたどっている。2兆6564億円まであった出版物推定販売金額が、2013年度は36.7%減の1兆6823億円である(『出版月報』2014年1月号)。特に雑誌の不振が目立ち、ピーク時の半分近くにまで落ちている。
そんな中で、電子書籍(特にコミック)が売れ出していることをかんがみると、いまや世界共通言語のマンガが出版業界にとって救世主になり得るかもしれない。2013年12月4日にはモバゲーでおなじみのDeNAが、講談社や小学館などと組んで「マンガボックス」を配信した。スマホやタブレット(iOS/Android)を使えば雑誌アプリで連載マンガを無料で読むことができる。開始わずか1カ月間で200万ダウンロードされた。ちなみに講談社が無料でマンガを提供するのは初めての試みである。
IT企業であるDeNAの「強み」と「顧客志向」とは何であろう。リアル書店で難しくなっているマンガの立ち読みに対して、マンガに触れる機会を増やすためにコンテンツを届けるその手法として「マンガボックス」のサービスを取り入れたという。
出版社の「強み」と「顧客志向」は、何だろう。出版社が自ら電子化に取り組む理由はどこにあるのか。そこに印刷会社がお手伝いできるとしたら何があるのか。自社のビジネスに当てはめて考えていくとデジタル化ビジネスのヒントにつながるだろう。
顧客志向の視点で、新たなサービスが模索されている。生活スタイルの変化をとらえて、紙も含めた最適なデバイスを検討する。いずれの場合もデジタル時代ならではのコンテンツ価値の最大化を図ること。そのために必要な新たなパブリッシングの創出を検討していく。そしてコミュニティ形成をして、そこで思い切り汗を流していくことが、結局は王道のようだ。
(JAGAT 研究調査部 上野寿)
【プリンティング・マーケティング研究会】
2014年7月8日(火)
出版業界の新たなビジネスモデルと最新事情
文化通信社の星野氏が出版市場全般について語ります。また学研グループのデジタル事業戦略会社ブックビヨンドによる、印刷会社との協業「紙と電子書籍・新刊同時配信の運用」とDeNAによるマンガ市場参入のビジネス戦略を通して新たな出版ビジネスを探ります。