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学ぶことから逃げ続けていた子どもは大人になっても働くことから逃げ続けるのか。彼らに学習のススメを試みたい。
■「オレ様化する」社会人
社会人になってまる4カ月経過して、新入社員も仕事に慣れてきた頃だろう。その反面、こんなはずではなかったと思っている人もいるかもしれない。
当然だが、社会にはいろいろな人がいる。そりの合わない人もいれば、怖い先輩だっているだろう。しかも、高い志を持っている人ばかりとは限らず、なかには悪影響しか及ぼさない人もいるかもしれない。
悪いことを見習っていくと負の連鎖が起きる。さぼり癖もその一つであろう。しかし、いつから社会人はこんなに幼稚になってしまったのだろうか。子どもの頃からのわがままが抜けきらない人間が増えているからだという気がする。
そんな子どもたちの実態を諏訪哲司氏が『オレ様化する子どもたち』(中公新書ラクレ)で描いている。教師である著者が実際の教育現場で目の当たりにする様々な問題は興味深い。資本主義の原則は等価交換である。その社会観念を子どもが対等の立場で要求してくると、必然的に学校内における教師と生徒の関係は崩壊していく。
この本では、「学ぼうとしなくなり」「自分を変えようとしなくなった」子どもたちをとりあげているが、つまりは自分勝手、自己中心的になっているということである。本が出版されたのは2005年だから、既に10年近くたっている。当時中学生ならもう社会人になっている年齢である。
■『下流志向』に見る「等価交換」思想
諏訪氏にインスパイアされて書かれたのが、ベストセラーになった内田樹氏の『下流志向―学ばない子どもたち、働かない若者たち』(講談社)である。本書では、学習しないことを誇りに思う、新しいタイプの日本人の出現がテーマの一つになっている。
勉強する(させられる)ことが「貨幣」であり、当然ながら等価交換する「商品」の価値が問われることになる。よく読むと「学びからの逃走」は積極的な「自己決定」である。そして「不快という貨幣」による「等価交換」を成立させた。授業を受けることは不快である。だから、かえって苦痛であろう後ろ向きの姿勢をとり、平然として「先生、この授業はなぜ役に立つのですか」という質問をする。
これが大人の世界になると、例えば会議は不快である。椅子から落ちそうな格好で、上司に向って「この会議は何の役に立つのですか」と訊いてくる。あるいは業務を命じても「それは契約条件に入っていません」と言いかねない。そういう人が身近にいないと言い切れるだろうか。実際に社会に出てから「給料分以上の仕事はしない」と明言した人を何人も知っている。
内田氏によると、父親の給与が銀行振り込みになったことが、そんな人間が増してきたことの起源だという。つまり、母親にとって生活費へのアクセスが保証された結果、父権が失墜した。家庭内では、「自分はこんなにも我慢している」ことを武器に、その「不快感」に耐えることの対価を貨幣にして、提供されるサービスなどと「等価交換」をするという発想が生まれた。それが子どもに伝播しているというのである。
■「労働からの逃走」を回避するために
学ばない子どもたちは、自然に働かない若者たちへと成長していく。幼い頃から培った理論を社会に出てからも適用させようとする。だから自己決定したことであれば、それが結果的に自分にとって不利になる決定であっても構わないのである。
具体的な観察事例として、本書では次の2点が挙げられている。
(1)アルバイトの中で優秀な若者に正社員にならないかと誘ったら、断られた。理由は、正社員になると辞めにくくなるから。
(2)上司が仕事ぶりを買って、ある若者に、「新しいプロジェクトの責任者にならないか」と頼んだ。頼まれた本人は、責任あるポストに就いたら自由がなくなるから、といって会社を辞めてしまった。
この事例は理解できなくもない。個人プレイヤーとして自分の好きな仕事だけをしていたいという人はいる。そのためには多少給料が安くたって構わないという論理である。しかし、今や責任あるポストには就きたいけど、責任は取りたくないという矛盾した「等価交換」以上の要求をする人も増えている。また彼らは、やっかいなことに「憂国の士」の仮面をかぶることがある。
だが、会社はもちろん、組織や社会は、どこかで誰かの「犠牲」の上に成り立っている。誰だってやりたくない、それを「雪かき仕事」といって縁の下の力持ち的に評価しているし、東京大学大学院の高橋伸夫教授は「尻拭い」「やり過ごし」で組織が回るとしている(『できる社員はやり過ごす』日経文庫)。
他人の苦労や犠牲を省みない人間が増えていくと、組織の動脈硬化が起きてしまう。それを回避するためにも、やはり企業風土を創る経営者が指導者としての資質をもち、企業理念を理解している上司や先輩が指導していくしかないのだろう。
教育を受けることの最大のメリットは、自分が豊かになることである。そのことを知れば、仕事の幅は確実に広がるし、人間として成長していく。だからこそ教育者やメンターの果たす役割は大きいのである。社会に出たら学びや労働からの「逃避」は卒業して、他者や物事に向き合うことが正しい大人の姿といえる。
(JAGAT 研究調査部 上野寿)
※今回取り上げた書籍は、オレ様化したり、学ばなくて働かなくなった子どもや若者に向けたものではなく、その周辺にいる教師や指導者、職場の上司や先輩に向けられたものであるといえます。学びは必要不可欠です。JAGATでは教育プログラムを充実させて、皆様のお役にたてるよう努力してまいります。
【プリンティング・マーケティング研究会】
2014年8月8日(金)
「3Dプリントと、地域に利用される印刷会社のかたち」
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