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スマートフォンの普及、ソーシャルメディア活用の拡大など、わたしたちを取り巻く環境は大きく様変わりした。モノやサービスを販売する企業は、消費者が変化したことを認識し、それに対応していく必要が出てきている。
百貨店業界はピーク時に約9兆円の売上があった。しかし近年ルミネなどの駅ビル・セレクトショップの利用者増の影響もあって2012年度には約6兆円になり、徐々に売上額が減少している。そのような状況を背景にデジタルマーケティングに力を入れているのが大丸と松坂屋、ふたつの老舗百貨店が2010年に合併してできた大丸松坂屋百貨店だ。
大丸と松坂屋は、売上全体の約6割をアラウンド50歳以上が占める。同社では将来を見据え、コスト削減や若い購買層の獲得を視野に入れた新たな百貨店モデルの構築を推進してきた。若い女性向け商品をセレクトした「うふふガールズ」という特化型ゾーンの開設、ポケモンストア(ゲーム「ポケットモンスター」のキャラクターショップ)やH&M(若者に人気の低価格商品を多く扱うアパレルメーカーのショップ)といった、集客力があるテナント誘致など、他の百貨店には見られないチャレンジングな取り組みを行っている。
そこで、「売り場を変えた」「店を変えた」ときに、今までとは異なるプロモーション手段の必要が出てきた。もともと百貨店は新聞折込やDMといった紙媒体の利用がメインであったが、今までとは違うターゲットである若いお客さんにコンタクトするためには新しいメディアが適している。具体的にはTwitter・Facebookといったソーシャルメディア、Youtubeといった動画共有サイトである。大丸松坂屋百貨店の洞本宗和氏は、2010年からデジタルマーケティングを担当、新しいメディアを顧客との関係構築につなげている。
新たなメディア運用の軸としたのは、2007年の松坂屋上野店リニューアル時に誕生したキャラクター「さくらパンダ」である。キャラクターを前面に出したのは、企業名を使うと先入観で若い人から避けられるのではないかという危惧があったためだ。新しい顧客層に興味を持ってもらいやすく、全社共通でメッセージを発信していけるアイコンとしてさくらパンダを位置付けた。
2010年からTwitterなどを使ったキャンペーンを開始、はじめの2年間は顧客との関係を作るため、パンダキャラクターのサミット開催、サンタクロースに会うためのフィンランド遠征など、費用の大半をコンテンツ制作に当てていた。さくらパンダ誕生から5年経った2012年には、「500%祭」というコンセプトでティザーサイトを制作、さらに分身5体で踊るバイラル動画を配信した後に、上野店、名古屋店、梅田店でさくらパンダがダンスを披露するイベントを実施。動画は2週間で15万回再生され、イベントには200-300名が参加した。
社内外から、「売上が厳しいのになぜこんなに費用をかけてコンテンツを作るのか?」と聞かれるという。さくらパンダのプロモーションは、来店促進には貢献しているが、具体的な売上には貢献していないからだ。しかし今の時代は、単純に「商品を大丸松坂屋で買ってね」といったプロモーションを行っても、一方的なメッセージは無視されてしまう。そこでメッセージに興味をもってもらうために一種無駄にも見えるプロモーションをやっている。
洞本氏が2年間の取り組みで感じたのは、コンテンツの重要性である。受け手が「自分ごと化」するようなストーリー性があって、はじめて顧客とのエンゲージメント(結びつき)につながるからだ。それと同時に、自社メディアやソーシャルメディアだけではなく、顧客との関係性を構築できる有料のメディアアカウントの必要性も痛感した。
施策を大きく方向転換したのは2012年秋ごろからだ。売上への貢献を意識するようになり、コンテンツ重視だった予算配分もメディアへの投資にシフトした。LINEの公式アカウントも2013年に開設した。
LINEを選んだのは圧倒的なユーザー数と視認性の高さに加え、コミュニケーションの核となるスタンプがさくらパンダと親和性が高いこと、スマホメルマガとも呼べるメッセージ配信機能があったためだ。公式アカウントでは、メッセージの話し手やプロフィール画像にさくらパンダを用いた。アカウント開設にあわせてスタンプを配信して330万人の友だちを獲得、10代を中心とする従来の顧客層以外のターゲットにリーチすることに成功した。
2013年4月には、店頭に来るとさくらパンダのチロルチョコ、1000円以上商品を購入するとさくらパンダグッズをプレゼントするキャンペーンを実施した。結果はキャンペーン利用者のうち7割が既存顧客であった。LINE経由でつながったお客さんをリアルの店舗へ足を運ばせるのはハードルが高いことを実感したと同時に「LINE=若い人向け」ではないこともわかった。
LINEを通じたプロモーションで、来店、売上というわかりやすい成果を達成することができた。しかしもともとキャラクターにストーリーがなければ受け手は反応してくれない。これは今までの蓄積としてさくらパンダと受け手と関係性が構築できたからこそ反応があったと認識している。Facebook・Twitterはストーリーやブランドを作る手段として関係構築に徹し、直接的なPRはしない。ソーシャルメディアは明日の売上づくりのため、と理解している。
首都圏で電車利用者(1週間に1回以上電車に乗っている)は、世界の都市人口に匹敵する規模の約1800万人と推定されている。JRグループで広告媒体販売や広告制作を手掛けているJR東日本企画では、2008年に駅消費研究センターを設立し、駅や駅前で消費する人々の行動や心理を調査・研究している。駅で消費する人の傾向と、「移動者マーケティング」という概念について、JR東日本企画 駅消費研究センターの加藤肇氏に伺った。
国内全体の人口は減少しており、今後、鉄道利用者増による運賃収入の増加は見込めない状況だ。一方で働く(=通勤する)女性は拡大傾向にあり、鉄道各社では駅ビル、駅ナカといった女性をターゲットにした駅の商業施設開発に力を入れている。このような背景もあり、都市圏における駅の消費は、しばらくは拡大していく可能性が高いと見込んでいる。
同研究所が2013年に実施した調査結果によると、買い物の1割は駅ナカ(駅の改札内)と駅ビル(改札外の駅施設)が占めていた。駅から徒歩5分以内のエリアも含めると、実に4割以上になる。学生や働く女性は特に駅消費の割合が高い傾向にある。また駅ナカ消費は200円以下が過半数の低単価である。
特徴的なのは、駅ナカや駅ビルで買い物をする人の多くが、そのお店を見たときや前にいた場所を出た後の移動中に来店の意思を決定している点だ。これは駅ナカでは、より顕著で、7割以上の人が店頭または移動中に意思決定をしている。これは事前に来店意思決定をすることが多い百貨店の利用者とは対照的である。
さらに人が駅で商品を買う心理を探るため、写真を刺激物にデプスインタビュー(1対1の面談式インタビュー)で消費者の“ホンネ(深層心理)”を探る調査を実施した。すると、オンからオフ、オフからオンといった気持の切り替えとしてカフェに立ち寄ったり、本屋で立ち読みをしたりする「キモチスイッチ」型、駅で新しいモノ・コトとの新たな出会いを求める「未知との出会い」型、がんばった自分へのちょっとしたご褒美として高級アイスやプレミアムビールを買う「プチご褒美」型といった、いくつかの類型に分類された(現実にプレミアムビールは金曜日に消費が増えるという)。
つまり、駅で商品を購入するのは、便利だからという要因以外に、駅と言う場に来た時の、ココロの動きやニーズが大きく影響しているということである。いままでマーケティングは、「10代学生」、「50代女性」などの属性による区分をすることが多かったが、「金曜日の夕方」「駅ナカ」といった曜日、時間、場所で消費者の行動が変わることを意識することが、これからのプロモーションでは大事になると考えている。
昔はTVや雑誌で広告を出せば商品が売れたが、モノが溢れている今はそうではない。ブランド・商品を知っていて好意を持っていても、すぐに購入には結びつかない時代になっており、買ってもらうための後押し(効果的なプロモーション)が重要になっている。そんな中で、買物行動の直前であることの多い移動のタイミングをうまく活用しようというのが「移動者マーケティング」という発想である。
例えば缶コーヒーは朝に消費が集中する。そこで「20-30代の会社員」「ガテン系のワーカー」といった属性ではなく、「朝、通勤・通学している人」といったシーンを優先してターゲティングしコミュニケーションを行うのである。移動者は店舗の前を通る機会が多く、また前述の調査のように移動中に購入意思決定をする比率も高いので、アプローチのチャンスとして期待が持てる。
あるアイスクリームは、POSデータの情報から夕方に男性の購入が多いことから、「通勤帰りでお酒を飲んだ男性が、駅前のコンビニでアイスクリームを購入している」と仮説を立て、夕方時間帯を狙った電車内サイネージ広告を展開、効果をあげた。
移動者マーケティングをおこなうためには、購買可能性が高い「(移動)シーン」を発見し、そこでのターゲット特有のココロの動きに沿った提案をすることで「買う」を作ることができる。
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単純に商品やサービスの情報を伝えるだけではモノを買ってもらいにくくなってきた。そのような状況のなかで、メディアを活用してファンを作り、商品購入に近づける大丸松坂屋、ユーザーの心理を理解してシーンにあわせた広告を展開するジェイアール東日本企画の取り組みは、クロスメディア企画を考えるうえで役立つ内容だと感じた。これからは商品を購入するシーンを発見し、それに合ったターゲットに向けたメディアの選定、プロモーション施策を提案するスキルがいっそう重要になるだろう。