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設計に際し考慮すべきことは多いが、人が集う場としての機能が何より大切なようだ。
印刷会社の本社や工場を作る経験は一生に何度もない。しかも投資額は小さくないので、失敗を重ねながらより良いものを作る手法は選べない。
本社ビルの受注というのは建設会社にとっても名誉であるらしい。どこの本社を受け持ったというのは、建設会社の受注実績に積み上げられていくようだ。
このような一大事では当然設計が重要になる。盛り込むべきことは多く、生産性、物流、環境、セキュリティ、耐震性、エネルギー効率、見学対応などに加え、受注見通しや長期戦略も不可欠だ。
設計にはこれらが網羅的に盛り込まれ、参画した人たちの考えも反映されていく。つまり、社屋や工場は設計者のコンセプトや必要機能を凝縮して具現化した形である。
東洋美術印刷は2棟のビルを新本社ビルに集約し、空いたビルをシェアハウスとシェアオフィスにリニューアルした。新本社ビルの設計テーマは次のとおりである。(1)コミュニケーションの改善、(2)コラボレーションの強化、(3)セキュリティの確保、(4)デザイン性の向上。
部門間連携を改善するとともに、新本社を地域の方々や産官学との交流の場として提供する。来訪者を積極的に受け入れながらもセキュリティを確保する。内外装什器はクリエイティブな会社らしい雰囲気をイメージさせるにふさわしいデザインを選ぶ。
同社は千代田区という都心にあるが、テーマには商店街や学校とのコラボレーションや地域への貢献を重視する姿勢が現れている。商店街に人が集まらない、といった地域の悩みごとに顔を突っ込んでいくと、意外に仕事が生まれてくるという。
そこで生まれるのは従来型の印刷受注に限らない。印刷会社が印刷製品を提供できるのはもちろんだが、イベント企画やWeb制作なども派生してくるので、まとめてソリューションを提供することになる。
金羊社が2003年に稼動させた御殿場の新工場のコンセプトは次のとおりだ。(1)耐震性の強化、(2)空調設備の強化、(3)工場内物流の合理化、(4)オンデマンド化、(5)環境対応。
157本の杭(くい)を打ち込んで地盤を改良した。印刷品質安定のために工場内は温度を23±2度、湿度は55±5%に一定化する。レイアウトは時計周りに製品が流れる動線とし、用紙の自動倉庫を備える。UV機の導入や2交代制に対応した休憩室を持つ。太陽光パネルの設置や廃棄物の集中管理を取り入れている。
エントランスには同社が大切にする価値観を展示する。グーテンベルグの「42行聖書」と木版画の欄花譜、ハイデルベルグの活版機などだ。現在はこれらの延長線上にあると考えるからだ。
工場を訪れた人は約5年で延べ3800人に及ぶという。オフィスや工場のショールーム化は近代的な事業所の必須要件に近い。
設計に際して考慮すべきことは多いが、人が集う場としての機能が何より大切なようだ。働きやすく、集まりやすく、アイデアを出しやすく、コンセプトを共有しやすく。両事業所とも人を中心に設計されている。
(『JAGAT info』2009年3月号より)