10/23に開催された「小林 章の欧文タイプ・セミナー『フォントのチカラ』」。イントロダクションの次は、小林章氏によるセミナーと、葛西薫氏、高岡昌生氏に、祖父江慎氏、中島英樹氏を交えてのフリートークが行われました。あまり専門的にならず、むしろ欧文フォントの楽しさを伝えることに力点が置かれていました。小林氏が一貫して日本のデザイナーに伝えている「ルールは大切だけれども、それに縛られず、もっと自由に欧文フォントを使ってほしい」という思いが反映されていたように思います。
肩の力を抜いて、気楽に聞いてほしいという小林氏の言葉に甘え、筆者も楽しいトークにただ引き込まれ、以下は記憶に頼る部分の多いレポートになることをご了承ください。興味のある方は、『欧文書体―その背景と使い方』など小林氏の著作で理解を深めていただければ幸いです。
正方形の仮想ボディを基本とする和文フォントと違い、欧文フォントは一文字一文字の幅が違い、フォントを作成する際には、文字と文字との間隔を調整する作業、つまり、スペーシングやカーニングが重要になります。
OpenTypeフォントになってから、グリフ数を増やすことが可能になったことで、こうした調整も煩雑になってきたそうです。ある程度自動処理することはできますが、一律にはいきません。例えば、「Ta」間のカーニング設定を、ウムラウト付の「a」との間に適用すると、字間がくっつきすぎてしまうなど…
一方、OpenTypeフォントは文字組の自由度を高めてくれる便利なものだとして、Zapfino Extra(ツァプフィーノ・エクストラ)というフォントの例が紹介されました。
これは、文字同士の組み合わせによって字形が自動的に変換されるフォントです。しかも、文章を組んだ時、同じ文字がたてつづけに出てこないようプログラムされ、手書きの雰囲気を実現することができるのです。
これらはアプリケーションが対応していればの話ですが、InDesignであれば実現できるとのこと。
Zapfino Extraの解説ページ
■素顔のフォントデザイナー
Zapfinoのほか、OptimaやPlatinoなどの書体で有名なヘルマン・ツァップ氏、Universや、自身の名を冠したFrutigerなどの書体で知られるアドリアン・フルティガー氏。フォントデザイン界の大御所と呼べるデザイナーとコラボレートしている小林氏が語る、彼らのひととなりは、興味深いものでした。
ツァップ氏はカリグラファでもあり、高さ1mmの文字を手書きできるのだとか。彼の直筆の手紙がプロジェクターで投影されましたが、印刷物と見まがうほど美しいものでした。ブックデザインも手掛けるオールマイティな彼は、完璧主義でもあります。オフィスに来る時は朝8時に出社し、休憩も取らない。フォント作成においては、最後の最後まで妥協せず、もうフィニッシュの段階に入っていても修正を入れるのだとか。
それに比べフルティガー氏は、意外にもアバウトなところがあり、直筆の文字は丸っこく、手紙は一見走り書きのように見える上、誤字もあったりして、小林氏は、当初読むのに時間が掛かったと苦笑していました。フォント制作においても、判断を共同制作者の小林氏にゆだねる面があり、小林氏の方から具体案を出して、選んでもらうという方法がよく取られたということです。
このように対照的なところのある両者ですが、小林氏は、「ぼくは2人とも大好き」と語っていました。
■日本人の誤解
欧文フォントに関して日本人が持っている誤解について、小林氏はさまざまなところで言及しています。有名なところでは、「Futuraはナチスを連想させる」という説ですが、この書体は、ドイツでもユダヤ人社会でも人気が高く、タブー視しているのは日本だけだったということです。
会場ではナチスの資料の中でブラックレター体を使ったものが紹介されました。だからといって、今度はブラックレター体がナチスのイメージなのかというともちろんそうではありません。
■フォントのチカラとは
・ある時代・土地柄を演出するチカラ
・使用サイズに合う本文フォントの持つチカラ
・磨き抜かれた形が放つ「張り」のようなチカラ
こういったことが挙げられていましたが、同時に、けしてルールは縛りではないことも語られました。
例えば、お国柄を感じさせる書体があるからといって、イタリアン・レストランにドイツの文字を使ったらいけないというわけではありません。
また、ツァップ氏やフルティガー氏などの磨き抜かれたフォントもありますが、力の抜けたフォントで遊ぶことも必要だということでした。
・組版ルールで有名なのは、オックスフォードルール、シカゴルールであるが、これらは、その大学の出版局が決めたハウスルール。この2つが有名になってしまったため、参考にすることが多いが、絶対ではない。出版社ごとにハウスルールがある。
・日本の写植書体では、日本の文章に英数字を入れるために、従属欧文を作った。いわば、写植メーカーが気をきかせたものだが、本来の欧文フォントとは違う。その形がDTPのフォントにも引き継がれていることも多く、欧米で暮らして日本に帰ると、やはり違和感がある。
・スモールキャップとは、大文字を、小文字より多少大きいくらいの高さに縮小したもの。使い途に決まりは特にないが、本文中に大文字が続く場合に、そこだけ大きく見えすぎることを防ぐため、また団体の略称などにも使われる。ちなみに、葛西薫氏の名刺では、姓の表記を、始めの1文字だけ大文字、以降をスモールキャップで組んでいるそう。
単純に大文字のサイズを縮小すると、細くなってしまう。本来のスモールキャップは太さを他の文字と合わせて作られている。スモールキャップを備えたフォントはたくさんあるので、それを使ってほしい。
・ジャスティファイの際、英文字の間を広げると、見栄えが悪くなる。それよりは、単語の途中で切る(ハイフネーション)処理をした方が良い。
・フォントをデザインする際の検証の仕方について。自分で自分に厳しくするには、他人の目になって見ること。それには、試作フォントで実際組んだものを、逆さにしたり、裏返したりと、視点を変えて見てみることが効果的。
・数字と大文字の高さが違う理由。通常、文章中に大文字が何文字も連続して並ぶことはないが、数字は4文字以上並ぶケースが非常に多い。大文字と同じ高さだと、数字が目立って紙面のバランスが悪くなるため、少し大文字より低いサイズに作っている。
セミナー終了後も個人的に講師に質問をする参加者が多くみられ、欧文フォントとタイポグラフィへの関心の高さがうかがえました。
参考
「小林章のドイツ日記」
『欧文書体―その背景と使い方』
(JAGAT メディア開発部)
2006/11/02 00:00:00