2007年末に出版した「眼・色・光 より優れた色再現を求めて」は、カラーフィルムのない、また網点のないところでも優れた色再現ができるようになることを目指したものだったので、PAGE2008コンファレンスのD4セッション「 広色域印刷の品質を追求する -分光画像原稿で比較する- 」に対して皆さんがどんな反応を示すのか非常に興味があった。当日は補助椅子も出すほどの賑わいで、PAGE2008に向けてHexachromeコンソーシアム/東洋インキ(Kaleido)/T&K TOKA(スペクタカラー)/DIC(湧水)/ダイム(BASF NOVASPACE)/ハイデルベルグジャパン(スーパーファインカラー)各社のご協力をいただいた史上初の本格広色域オフセット印刷実験の報告がされた。
詳しくはこれに直接携わった人々からの報告があると思うがそれとは別に感想をのべてみたい。近年多くの広色域印刷が出てきたものの、この印刷のアドバンテージをどのようにアピールしたらよいのか、よくわからないとか誤解しているのではないのかと思われる場合もある。最も多いのは「広色域=高彩度」ではないだろうか(誤解その1)。プロセスカラーでは鮮やかに出にくい色のある絵柄を広色域印刷で作ればいいか、みたいな考えである。CMYの減色混合ならば、RGBの純色は濁るのが当たり前で、それを補うだけならば従来の特色と何が違うのかわかりにくい。
どこかのメーカーがHiFiColorという呼び方を使っていたとなんとなく記憶するが、ColorのFidelityとは何ぞやと言う視点で考えることが必要で、そうするならば彩度が第一の目的にならないことは明白だ。PAGE2008のAホールのNTTデータの小間では、おもちゃの被写体とそれを6バンドカメラで撮って広色域の液晶ディスプレイに出しているものが並べてあったが、随分目視に近づいた再現であった。どんな彩度の高い被写体でも立体物なら陰影ができるし周りのものが映りこむ。つまり高彩度の部分から徐々に周辺の色と溶け合う様子がないと不自然なのである(誤解その2)。
それと光源の問題がある。フラッシュ撮影などをすると、人がモノを見ているのよりもはるかに強くモノが照らされるので強い影ができたり、物質内に光が入り込みすぎる。昔絵を描くときには北窓がよいといわれたのだが、そんな環境でも彩度は感じられるもので、彩度は絶対値ではなく相対的にも成り得るものである。絵を描くのにうすぐもりの方がいいのは、色の階調がわかりやすいからである。色の階調とCMYKの階調とは別なのである。CMYKの分色でいくら階調が出ていたところで、CMYKの混色でも階調が出るわけではない。それはそもそもCMYKでは出にくい色があるからである。だから顔料を変えるとか多原色にするわけで、そうした時にはCMYKの混色で出難い色で階調が出ていないと話にならない(誤解その3)。
今回の実験でNTTデータの橋本勝氏がデジタルカメラの特性を測ったデータを公開されていたが、AdobeRGBの外側がカットされていた。長波長の端っこの方は人の眼には見えにくいもので鮮やかな赤ではない。しかしCIEの色度図を思い出していただきたい。人は図上の2点を結んだ間の色を認識するのであるから、長波長の端でもかなりのエネルギーがあったなら、それは目につきやすい単色赤をさらに鮮やかにするであろうことで、眼に見えにくくても混色上は重要である。カメラはRGB三角形の内側だけをキャプチャすればよいというのは大いなる(第4の)誤解である。つまりAdobeRGBのカラー原稿をもってきても広色域印刷のサンプルとして役に立たないのである。
また今まであまりAdobeRGBモニタが普及していなかったから仕方がない面もあるのだが、モニタに出ない色の存在にはなかなか気づかない。先にNTTデータの小間のおもちゃの話をしたが、撮影して色が鮮やかに出ていないならガンマを変えるとかレタッチしてそれらしく絵作りをしてしまうのが今までであった。つまりNTTデータの小間のような鮮やかな画面や出力は小手先で自由に作れるものと思う人は多いだろう。しかし色を作る前に、撮影してありのままで出る色はどこまでかを把握することは正直なところあまりできていなかった。今回は被写体のモルフォ蝶が話題であったが、プロセス印刷をはるかに超える現実の色を知らないでは広色域印刷の生かし方はわからないであろう(誤解その5)。
2008.2.8
2008/02/09 00:00:00