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柔軟な枚葉印刷の世界

過去20年間,枚葉印刷機の分野では各種のリモコン調整機構,プリセット機能,そして自動調整機能が開発,実用化され,現在,全判以上の多色機では刷版装着,見当調整の自動化機構を装備するのは珍しくない状況になっている。さらに,この数年は,究極近くまで高度化した枚葉印刷機とCTPとを組み合わせたオン・プレス・CTP(機上でCTPを刷版製版,印刷するシステム),あるいはCTP製版に使った面付けデータで印刷機械のインキつぼ調整をするCIP3などが脚光を浴び,後者については,ほとんどの印刷機械メーカーがその対応システムを発表している。
 上記のような高度化と同時に,枚葉印刷機は4色以上の多ユニット化,多色両面兼用化,ライン化など,それぞれの特色をより鮮明に出して分化してきている。
 その結果,現在では自社の規模や仕事の内容に応じてかなり自由に機種,機能を取捨選択できる状況に至っている。従って,設備や生産を重視する方向,あるいは高品質,高付加価値を追求する方向のいずれの観点から選ぶにしても,自社が狙う市場ニーズに最適な設備,技術の選択が可能である。オフ輪の世界の競争が,ほとんど生産性一本に絞られているのに対して,枚葉印刷の世界は,各社の工夫をさまざまに生かしたユニークな印刷市場を開拓していける分野である。

究極のレベルに達した準備時間短縮

 現在,刷版自動交換装置を含む各種プリセット,自動調整機能を装備した4色機の機付人員数は20年前の1/3にまで減少し,準備作業時間は15分程度に短縮された。そして,既存の仕事のコストダウンと短納期対応のために,多くのオプションを組み込んだ機械の導入が進み,枚葉印刷機の小ロット,短納期対応力は格段に向上した。
 さらなる準備時間の短縮には,見当合わせと色合わせをいかにゼロに近づけるかが課題として残されていた。その後,見当合わせに対しては,機械の原点精度を維持すると同時に刷版の精度を高めること,色合わせについては,本刷り前にインキつけローラ上に均一なインキ皮膜を作る仕組みによって,大幅な改善がなされた。小森,三菱,ローランドなどが,それぞれの特長を出したシステムを発表している。

崩れる「本機校正は合わない」という常識

 準備時間削減のもうひとつのアプローチはCTPとCIP3を組み込んだものだが,これによって,全判5色機の準備時間を1.5人の機付人員で10分以内に短縮することも可能になった。
 社団法人日本印刷産業連合会が2年前に行った調査によれば,既に色校正を本機で行っている企業は41.2%あった。使い方のひとつは,午前中は本機校正用に使い,午後は一般の印刷の仕事を行うというものである。考えてみれば,現在,半裁の印刷機では,4色機であっても平均ロットが2000枚を切るレベルになっており,その本刷り時間は10分程度に過ぎないから,校正刷りも通常の仕事もそれほど大きな差はない。
 デジタルで先行した出力センターが,フル装備のハイデルベルグのスピードマスター 74DIを色校正印刷専用機として使う商売を始めようとしているが,「高い機械を使って本機校正をやったのでは合わない」という常識は崩れつつある。
 オンプレスCTPも,クイックマスター,前出のスピードマスター 74DI,そして大日本スクリーンのTRUEPRESSと実用機がそろってきた。今後は,サイテックスの74Karatも実用機を出すことになっており,ショートランカラーの分野でひとつの足場を築くと思われる。
 いずれにしても,上記のような高度化,多様化は,ショートランカラー印刷市場におけるデジタル印刷機からの挑戦を受けて立つに十分な機能を,枚葉印刷機に与えたといえるだろう。

手ごろな価格の4色機の有効利用

 枚葉印刷機の機能,性能向上は,生産性の大幅な向上をもたらした反面で,機械価格を相当に押し上げた。ちなみに,枚葉印刷機1台当たりの生産金額は1987年には1360万円であったが,1992年には4230万円と3倍以上に跳ね上がった。しかし,脱技能化,省人化効果でバランスがとれた。とはいえ,昨今の印刷単価の下落によって,市場によっては採算が取りにくくなってきた。従って,上記のような高度化の方向の一方で,手ごろな価格の4色機もひとつの選択肢として提供され始めた。主力商品である小ロット印刷のカラー化に自力で対応したい中小印刷業から注目されている。
 菊四裁4色機を導入し,価格の優位性だけでなく,完成フィルムの受け取りで印刷のみを超短納期で行い,既存の物流ルートを使って指定場所に納品するというサービスで,トータルとしての顧客満足を提供している例がある。納期保証と機械稼動の阻害要因は最初から排除し,物流機能を外部の力を使って提供しているところがユニークである。
 リョービ,篠原は四裁4色機を出し,桜井グラフィックスはQSS(クイック・スタンバイ・システム)とPresstekのアブレーションタイプCTPおよびCIP3対応を特長とする半裁4色両面兼用機を出している。
 上記のような市場をターゲットとした印刷機として,東レの水なし平版専用5色機(ハマダV-Color48)がある。
 サイズは四裁で,水なしCTPと共通ピンシステムを採用して見当合わせ作業をなくし,さらにキーレスインキング機構を採用して,インキ,湿し水の両面から品質の安定と作業効率アップを達成しようという印刷システムである。

オフ輪市場に挑戦する両面8色機

 最近の印刷機械の新製品で高い評価を受けているのが,枚葉8色印刷機(4/4専用機,片面・両面兼用機)である。
 枚葉8色機は片面4色機に対して機付人員は同じながら,生産能力は3倍,印刷時間は半分,そして追い刷りまでの乾き待ち時間がなくなるので,短納期対応力は3倍(印刷完了までの時間が1/3)になるという。もしそうだとすれば,この枚葉8色機は,オフ輪との対比でみるべき機械であろう。
 オフ輪になると直接固定費の7〜8割が機械の償却費になる。従って,オフ輪に比べてかなり安い設備費で,上記のような生産性とスピードが得られるという点が最大の魅力である。
 現在,枚葉8色機には2つの方式がある。反転式両面印刷機(片面兼用)と非反転式両面専用機である。ハイデルベルグ,ローランドの欧州勢が前者の方式を採用し,小森,アキヤマ,三菱の日本勢の機械は後者に属する。
 この2者の利点・欠点は,一方の利点が他方の欠点になるようだ。非反転式両面機では,「印刷用紙が変わっても位相切り替え作業が不要である」「表面・裏面印刷ユニットを上下に配置しているために設置スペースが少なくてすむ」などの特長がある。一方,反転式では,「片面,両面印刷のいずれも可能なので,受注する印刷物の色数範囲を広くとれる」「裏面印刷ユニットの操作のわずらわしさがない」といった利点がある。
 2方式それぞれに長所,欠点があるのは当然だが,方式選択の最大の判断基準は,両面印刷の生産性を重視するのか,それとも4色以上の多色刷りを考えるかであり,その上での特性比較になるだろう。
 いずれにしても,対オフ輪でみると,オフ輪と攻めぎ合いになるロットでは,印刷用紙選択幅の広さが強みである。また,品質面での強みも生かせるだろう。例えば,平網の上の細かな文字やベタの印刷品質などを厳しく見る顧客からは,部数的にはオフ輪が有利だがやはり枚葉で印刷したい,という要望が出るようになると思われる。
 バブルの最盛期に入った印刷機はそろそろ買い替え時期にきているが,これから導入する枚葉印刷機械については納期,価格面で,オフ輪との競合を念頭において選定していく必要がある。従って,この入れ替え時期に枚葉8色機に注目する企業は多いはずだ。なお,アキヤマのJPrintは,Presstekと提携して,この分野で初めてのオン・プレスCTP機開発を目指している。

枚葉印刷の柔軟性を生かして付加価値向上を狙う

 印刷物製造における競争のひとつは,生産性追求によるコストダウンであり,もうひとつは特殊仕様の印刷物(被印刷体の特殊性,後加工の特殊性)など,他社にない製造技術をもつことである。
 枚葉印刷の利点は紙サイズや紙厚がフリーであること,紙以外のフィルムや蒸着紙などの印刷が可能であること,あるいは高品質を狙った高精細やFM,HiFi印刷,高級感を創出するメタリック印刷,コーティング(マット,グロス,スポット)など,ほかの印刷手段では難しい高度技術に柔軟に対応できることが挙げられる。
 印刷機は多色化傾向となり,中型機を中心とした8色+コータの需要が増加し,さらにその流れは小型機の市場にも普及し始めた。これらの印刷機を使った,欧米におけるカタログ,ラベル,ポスター,美術書籍などの分野での高付加価値化への取り組みは,今後,日本でも広がっていくものと思われる。
 パッケージ印刷は枚葉印刷の独壇場であるが,ここでも多色化が進み,ワンパスによる多色印刷とコータやドライヤーを自在に設置し,求められる機能に応じて目的を明確にした生産手段が盛んで,高品質と工程短縮による生産性は飛躍的に向上している。
 コータはアニロックスロールを装備したチャンバーコータが主流となり始めている。メッシュの選択によって,求められる品質に対応できる技術が確立されている。また,この装置を利用して,グラビア印刷に匹敵する重厚なベタの印刷や,精細なフレキソ印刷としても活用の範囲を広めている。
 今後,多ユニット印刷機は,商業印刷分野でも差別化を意識した設備として使われていくだろう。例えば,スポットコーティング機能を使って,車の窓はグロスを出し,タイヤはマット調に仕上げて印刷物の効果を上げるというように。ただし,欧米のようなHiFiColorによる高品質化を狙った多ユニット化は,普及する兆候が見られない。

まだまだある工夫の余地

 印刷物企画における創造力,独創性があれば,付加価値の高い仕事を開発する余地はまだまだあるはずである。日本の雑誌広告は「きれい」ではあっても,「目を引く」「あっと言わせる」といったものは少ない。
 例えば,A4サイズの雑誌の表紙をA3の紙で印刷し,それを観音折にして表紙とし,表は雑誌の表紙だが,その裏は広告ページになっている,というアメリカの雑誌がある。広告として目立つし,雑誌の発行側からすれば,表1の広告ページが2ページ増になって,広告収入を増やせる。  これらの印刷物作りには,当然,特別仕様の製本機構が必要となるだろう。しかし,最近では,後加工機能を含めて,印刷機のカスタマイズにも力を入れているメーカーもあり,技術面の対応は不可能ではないだろう。
 工程短縮やライン化によって生産スピードを上げることは,大幅なコストダウンや納期短縮のポイントになる。しかし,特殊仕様の印刷物ニーズに対応しようとするならば,システムとしては柔軟性が不可欠になる。枚葉印刷機とオフラインの後加工機を組み合わせたシステムの最大の特徴は,この柔軟性である。
 例えば,水性ニスを1ユニット,UVニスを2ユニットもつトリプルコータでは,クリアニス以外の加工も可能になり,さらなる付加価値を生み出すことも可能である。また,オフセット印刷とスクリーン印刷の組み合わせといった発想も,枚葉印刷を前提として初めて可能になる。
 以上のように,枚葉平版印刷機の生産性は印刷機単体としては究極のレベルに近づきつつあり,熟練とカンが頼りのオペレーションはほとんど不要なレベルになっている。
 さらに,印刷会社それぞれが狙う市場,製品に最も適する機種,機能・性能の選択が可能となってきた。従ってマーケティング力と,自社が狙う市場に最適な設備あるいはシステム仕様をまとめたり,自社なりのノウハウを積み重ねていけるエンジニアリング力があれば,ユニークな事業をいろいろと展開できる時代になったといえる。

2000/04/21 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会