■人間と企業の生き方が問われている
人間社会と環境の問題は、人類の誕生とともに課せられた大きな課題かもしれない。人間が自然環境の中でどにような営みをするか、その関係性の哲学である。長い間科学技術の発達が社会を豊かにし、人間を幸せに導くものであることを前提としてきた。時に科学技術の発展が誤った使用のため人間を苦しめたが、それを救ったのも科学技術であるように矛盾した行為を繰り返しつつ、全体としてはさらなる科学の進歩あるいは経済の発展を目指してきた。しかし科学技術は自然を巧みに利用(破壊)する技術であって、決して自然を創造するものではないことを、20世紀後半に厳しく突きつけられた。
わが国は、戦争という最も悲惨な自然破壊を経験し、廃墟から技術立国として奇跡的な復興と発展を遂げた。下がることの無い成長曲線は、自然との共存など顧みなかった。当然の結果として、70年代に入ると日本各地で「公害問題」が噴出した。公害先進国、公害列島などという不名誉なレッテルを貼られた。ただこのころの公害は、公害事件の象徴でもある、足尾銅山鉱毒事件やチッソ水俣湾水銀汚染などのように、特定企業による特定地域の「局地公害」で、行政の怠慢、野放しが招いた事件であった。比較的、加害者・被害者の関係がはっきりしていた。それが次第に広域化、複合化しはじめ、加害者・被害者の関係が曖昧になってきた。そうなると環境全体への住民運動が盛んになり、行政もそれぞれの発生源を法規制することで、広域・複合化を防ごうとした。また国家レベルで環境問題に取組まざるを得なくなり、1971年に環境庁が発足した。同じような問題が世界各地で広がりはじめ、環境は一国の問題でなくなった。地球温暖化、酸性雨、オゾン層破壊、海洋汚染、熱帯林減少、野生生物減少など地球全体の生命に関わる問題となり国際会議、国際条約によって地球規模で環境対策を考えなければならなくなった。これは以前の特定企業・産業、特定地域の問題でもなければ、加害者と被害者という対立図式でもない。人間の生き方、科学技術そのもののあり方が抜本的に問われることとなった。そのエポックメイキングとなったのが、72年のローマクラブの「成長の限界」であり、92年の地球サミットの「持続可能な開発」であろう。93年にはISO TC 207が設立され、96年にISO14001が制定された。
わが国では環境庁が設立されて30年目に当たる今年、省庁再編のタイミングで環境「省」に格上げとなった。また、21世紀の循環型社会へ産業構造を変えていくための指針のひとつとして昨年(2000年)5月に「循環型社会形成推進基本法」が制定された。
現在も局地的な公害が解決したわけではないので、特定されたものへの規制・対応は直ぐにやらなければならないし、やることは可能である。ところが地球環境問題への対応には、あまりにも政治的、経済的な壁が厚く、解決を難しくしている。それは国際問題であり、経済問題であり、企業経営の課題である。その上、手法は予防措置の思想であり、自主的マネジメントによる改善である。つまり生き方、志(こころざし)が強く求められている。具体化しようとすれば国レベル、企業レベル、あるいは個人レベルにおいても、「総論賛成、各論反対」になってしまう。しかし環境問題に後戻りは許されない。
印刷業においても、業界としてあるいは一印刷企業としてどのようにして各論に踏込んでいくのか、企業経営の姿勢が問われることになる。
■印刷産業における環境負荷
わが国の環境ISOについては、過去のにがい経験からか取得状況では約4000件(22%)で世界のトップにある。印刷業の大きなクライアントのほとんどが環境ISOに取組んでいるといってよいだろう。その面からも「環境」は印刷業の重要なキーワードといえる。
ところで印刷業が製品製造(事務を含め)にともないどれだけの負荷を環境に対して与えているだろうか。社団法人日本印刷産業連合会の資料によると、原材料の紙についっては、投入は1、315万トンで生産量の40%、排出は産廃で103トンで投入量の7-8%、プラスチック256万トン・インキ・溶剤83万トンの投入に対して、50万トンの排出があり、全国産廃量の0.4%に当たる。水量は水道水5,632万uで全産業の0.1%、排水量は4,403万u、負荷量(BOD)1,039トン(BOD=生物化学的酸素要求量、水中の細菌が汚濁物質を分解するときに消費される酸素の量を調べ、汚濁物質の量の目安とする)、エネルギーでは、電力455,463万kwh(全産業使用量の1.4%)、ガス21,684万u(都市ガスの2.6%)、油類25万kl(同1.3%)を投入の結果、二酸化炭素の排出量は82万トンで全産業の0.6%、全国排出量の0.2%に当たると報告されている。原材料の紙を除けば、その負荷量は他産業に比べて負荷量が大きいとはいえないであろう。しかし同連合会の報告書でも、述べているように「印刷産業界においても地球規模的環境保全に向け、環境への負荷の一層の提言が求められている」ということである。
■環境をテコにコストダウンとビジネスチャンスを目指そう
印刷業の環境問題への取組みについては次ぎの2つの側面から考えることができよう。
一つは、多品種少量製品の受注製造を考えると、製造する製品の1点1点の環境評価は大変難しい。再生紙、植物油インキなどの利用はあるが、それは、製紙メーカー、インキメーカーのエコ製品で、印刷会社の製品ではない。印刷としての評価は、製品ではなく印刷会社自体の生産プロセスにある、という考え方である。その具体策のひとつが環境ISOの導入であり、IT技術を利用して、製品情報のネットワーク化、DB化、オンデマンド化によって、製品の過剰製造や不足を削減、デジタル化、CTP化によるフィルム廃棄物の削減、校正紙、予備紙などの削減・効率化である。これらによって工場のゼロミッションを目指すことである。
もう一つは、年間5000万トンの一般廃棄物のうち「紙・容器包装」が約50%を占めているという現実からの提案である。このソリューションは生産プロセス以上に難しい課題ではあるが、デジタル化と環境問題を考えると「紙・容器包装」は減ることはあっても増えることはない。いや確実に減る。それは地球全体にとってゴミが減ることは悪いことではない。しかし印刷業にとって紙・容器包装を減らすことは大変厳しいことである。それを乗り越えるには印刷の量から質への転換しかないのである。リサイクル社会にあった企画と製造設計、その評価が求められている。そこにこそ価値がなければならない。生産プロセスに対して「企画開発・設計プロセス」への取組みである。
前者は環境への配慮によって業務改善が行なわれ、コストダウンがはかれるということであり、後者は、環境に配慮することで、質の違った企画提案サービスをしていこう、というものである。
実はもう一つ、印刷業の特徴を活かした取組みがある。大きな視点では上記の後者の範疇ともいえるが、リサイクル社会(循環型社会)を支えるのが「情報」である。ムダをなくす情報、リサイクルの情報、環境評価の情報、商品の環境負荷情報など、これからの社会は、企業や商品に対する説明責任が強く求められる。環境コミュニケーションが企業の中で重要になってきていることは、エコファンドの盛況からもうかがえる。昨年10月30日から12月20日まで凸版印刷鰍ナは「環境コミュニケーション展2000」を開催。社会問題を印刷企業という立場から新たな取組み方を示した面白い企画であった。よく一般にあるエコ商品展とは違って、大変地味な企画であるが、企業の環境担当者を中心に2500人の来場があり、民間閣僚の川口環境庁長官も訪れたという。展示会の担当者の話では、企業の発信する「環境報告書」もまだ300社程度で、上場企業2千数百社からみればまだひと握りだという。企業と生活者、地域住民、株主、NGOなどをどうコミュニケーションさせていくか、企業のプローモションをどうサポートしていくかなどは、印刷業、メディア業ならではの取組みでなはいだろうか。
■新しいビジネスの基軸を作ろう
環境問題に関する認識の現状は、「7割以上の事業所が環境保全活動に関して注目しているものの、環境問題に対する認識は必ずしも高くはない」 「地球規模的視点に立って環境問題を認識している事業所は少ない」 「環境問題が正しく理解されていない場合がある」「社内体制は事業規模が小さいほど未整備状態にある 」(日印産連報告書)との報告がある。しかし一方「環境負荷低減に向けた取組」や「節電、生産工程部門で廃棄物の発生抑制・適正処理」(日印産連報告書)に取組んでいる企業はかなりの数に達しているという。
環境問題に大企業も小企業もない。また個人も企業の区別もない。それぞれがそれぞれのポジションで対応しなければならない。
ここ1-2年の間に、リサイクル社会への取り組みのための法体系がかなり整ってきた。今年2001年に完全施行されるものとして、循環型社会形成推進基本法(1月)、廃棄物処理法の拡充強化(4月)、資源有効利用促進法の拡充整備(4月)、家電リサイクル法(4月)、グリーン購入法(4月)、そして2002年春には建設資材リサイクル法が施行される予定である。われわれは一刻も早く「使い捨て社会のビジネス」から脱却し、リサイクル社会を基軸としたビジネスに切り替えなくてはいけない。この価値転換を、経営者、管理職、営業・企画職、技術職すべての印刷人が強く意識しなければならないときであろう。
印刷業界にとって幸せな21世紀の幕開けになることを祈念したい。(S)
2001/01/04 00:00:00