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現場の生産性評価、稼動率について

印刷業界にない生産性の標準データ

JAGATによく寄せられる質問のひとつに、生産現場の生産性標準がある。全版4色機の稼働率の平均はどのぐらいか、半裁オフ輪の予備紙率はどの程度が適当か、あるいは売上に占めるトラブル損金の業界平均は何パーセントか?といったものである。

残念ながらこれらの質問に回答できるデータは、印刷業界全体としてはない。理由はいくつかあるが、ひとつはデータを採っている企業が比較的少ないということである。もうひとつは、生産性データについては表に出すことを控える企業が多いことである。しかしながら、もし多くの企業が上記のようなデータを採っていてそれを外に出すようになったとしても、上記のような質問に対して妥当な回答ができるとは思えない。何故ならば、稼働率、予備紙率、トラブル損金といったときに、各社で採取しているデータの内容が統一されていないからである。
それは、たとえば、稼働率の平均が知りたいという質問があったときに、「どのような稼働率ですか」と聞くと、一瞬戸惑った上で、「どのような稼働率とは、どういうことですか」と聞き返されることから容易に推察されることである。

生産性とは、投入した時間、人、お金に対して、どれだけの産出(生産量、生産金額)が得られたか、つまり、生産性=産出/投入として表される指標である。この式の分子、分母にはさまざまな数字を当てはめることで、いろいろな意味の「生産性」を見ることができる。分子に生産金額を入れて、分母に時間を入れれば、時間当たり生産額という生産性指標を得ることができる。分母に時間の代わりに人数を入れれば、1人当たり生産額という生産性指標を得られる。

上記の稼動率についても、分子、分母にどのような数字を入れるかで異なる意味の稼動率を得ることができる。後で詳しく説明するが、分母に実働時間を入れ分子に直接作業時間を入れて出した稼動率は、主に工程管理の良否を判断する指標になるものである。分母に直接作業時間を入れて分子に主体作業時間を入れれば、準備作業の能率の良否を知ることができる。先に「どのような稼働率ですか」と聞くのは、例えばこのようなふたつの稼動率のどちらのことなのかを聞いているのである。しかしながら、そこで、上記のように聞き返されるということは、稼働率にもいろいろあるということの認識がないことを示している。

さて、先に、各社のデータがあったとしても平均値として妥当な回答をできないと書いたもう一つの理由は、各社における直接作業時間あるいは主体作業時間とし定義している時間の内容が異なるからである。これも後で詳しく述べるが、朝礼や印刷機の給油作業の時間は、どのような意味として捉えてどこに含めるのか、版待ちの時間あるいは機械故障に対応している時間はどこに含めるのかについて、どの印刷会社でも同じということはない。つまり、生産性指標を出すために必要なデータの中身が異なるから、そのような各社のデータを集計しても意味のある平均値にはならないということである。

経営状況を客観的に判断するひとつの手段として「経営指標」を出して、それぞれの指標のバランスや他社との比較をすることがある。この時に使われる「総資本営業利益率」とか「労働分配率」といった経営指標は、日本全体のどの産業、どの企業でも共通の指標として通るものである。それは、れぞれの指標を出すための分子、分母が定義され、さらにその分子、分母の中身もきちっと定義されており、各社はそれに沿って数字を扱うからである。したがって、経営指標については、業界内での平均値の比較をすることで有用な情報を得ることができるし、業界同士の比較もできるのである。

しかし、残念ながら、印刷業界における生産現場の生産性評価に関しては、一般的な指標を使うという企業は非常に少ないし、業界内部で統一した指標が普及しているわけでもない。各社なりの考え方、工夫によってそれぞれの指標を出して利用しているのが現実だが、それがベストという確信があるわけでもないだろう。産業一般、印刷業界の他社の事例等に関する情報がないから、自社なりの数字を考えざるを得ないというのが正直なところであろう。印刷産業における管理情報システムにおいてカスタマイズ要求が非常に多いという現状の根底にある基本的問題である。

ひとつの稼働率評価方式

以下に、稼働率のひとつの見方を紹介する。この内容は、JAGATが30年ほど前に、業界各社の実態を踏まえた上で生産関係の管理の考え方をまとめた「システム化と標準化」(JAGAT刊行)の中で紹介しているものである。30年も前のものだが、生産性を評価する方式としは現在でも通用し得るものである。
ここで、その稼働率について紹介するのは、印刷会社は必ずこのような稼働率の評価をすべきだということではないし、ここで紹介する稼動率が印刷業界の標準であるべきだという意味でもない。各社がさまざまな改善をするためにいろいろなデータを取って分析しているだろうが、貴重な時間を使って行うことだから何のためにどのようなデータを使うのかをきちっと決めて行う必要があるというひとつの例として紹介するのである。また、そのように、客観的、論理的に考えて評価指標を決めていけば、印刷業界の生産現場における生産性評価方式は各社各様というようなことはなく、いくつかの類型に収まることになるだろうということの問題提起である。

まず、稼動率を出すために必要な時間についてその内容を分類する必要がある。図がその分類で印刷作業を例にしてまとめてある。
「勤務時間」は、朝会社に出勤して、例えばタイムレコーダを押した時刻から仕事を終わって帰るときに押したタイムレコーダーの時刻までの時間である。この勤務時間には当然、昼休みが含まれるし、会社によってはプリプレス部門では1時間に5分休憩をとっても良いと決めている企業もある。このように、各企業で認めている休憩時間を勤務時間から差し引いた時間を「実働時間」としている。以下、実働時間は「直接作業時間」と「間接作業時間」とからなり、直接作業時間は「主体作業時間」と「準備作業時間」に分けることができるということを示している。ここで、間接作業時間とは、図にあるように、必要な作業の時間あるいは現場としては不可避な時間だが、機械は動いていない時間、つまり不稼動時間のことである。別の言い方をすると、1点1点の仕事には関わりない作業の時間ということである。
直接作業時間に含めまれる主体作業時間とは、印刷作業で言えば「本刷り」の時間であり、製品そのものを作っている時間である。

以上のように勤務時間の内容を分けることによって、以下の3つの稼動率を計算することができる。
A:機械時間率=直接作業時間/実働時間
B:運転時間率=主体作業時間/直接作業時間
C:実稼働率=主体作業時間/実働時間
上記3つの稼動率はそれぞれに異なった意味を持っている。

A.機械時間率

実働時間とは、図で示しているように何らかの仕事をしている時間である。企業は、社員の仕事に対して賃金を払っているから、実働時間とは会社が社員から買った時間ということもできるだろう。一方、機械時間率の分子である直接作業時間は、1点1点の仕事に必要な作業に使われている時間である。印刷における料金体系の基本は通し料金とセット料(準備料金)からなっている。直接作業時間は、本刷り作業と準備作業に使われた時間だから、ある意味では顧客に売る時間ということでもある。
つまり、機械時間率とは、社員から買った時間の中でどれだけの時間を売りの時間に回せたかという意味の生産性評価指標である。当然、機械時間率は高いほど良い。

さて、この機械時間率が高くなるか低くなるかは何によって決まるのだろうか。それは図で明らかなように、間接作業時間の長さによって決まる。だらだらとした朝礼や、版待ち、紙待ち、あるいは指示内容が不明なために工務や営業に問い合わせをしなければならず作業が中断される指示待ちなど、各種の「待ち時間」が多ければ間接作業時間は増加する。それと反比例して直接作業時間は減少するから機械時間率は低下する。

間接作業時間のうち、朝礼や終業時の後片付けなどは意味のないことでも不要なことでもないから、それなりの時間をかけることに問題ない。要は、手際よくやることである。問題は、各種の待ち時間や機械故障による不稼動時間である。メンテナンスは定期的に行うことが必要だからこれもゼロが良いということではない。ただし、作業中に起こる機械故障は、そのことによる能率低下、納期への影響、あるいは他の機械、工程に起こす混乱などの問題を引き起こすからゼロを目指すべきである。問題の原因は設備管理にある。待ち時間は、多くの場合、日程計画と実際の作業進行のズレから起こるものであり、狭義の工程管理の良否に起因する時間である。
つまり、機械時間率が低いか高いかは、現場の作業者の技術力や能率ではなく、生産管理の良否によって決まるということである。

B.運転時間率

運転時間率は準備作業時間が多くなれば低くなり、準備作業が短時間で済まされれば高くなる稼動率である。準備作業がどれだけ掛かるかは、機械の機能・性能、作業者の能力、例えば刷版の焼き精度といった他部門の作業の影響あるいは仕事が流される順番といった工程管理に関わる問題を含めてさまざまな原因がある。しかし、多くの要因は、現場作業者の能力、責任範囲で高低が決まる稼動率である。
運転時間率が低い場合には、この準備時間の内容を、例えば版替え、色替え、見当調整、色調合わせ、あるいは混色といったように細部の作業時間を分析することによって、その原因をある程度絞り込むことができる。しかし、少なくとも最近の印刷機の場合には、まさにこの準備時間短縮のためにさまざま機能が付加されてここで起こる問題はかなり減少したし、作業時間そのものが大幅に短縮されてきている。したがって、細かな時間分析をする必要性は非常に少なくなっているだろう。製本加工機でプリセット機能がない機械の場合には、準備作業時間が長くその能率が生産性を大きく左右するから、その時間分析が有用なこともあるだろう。

C.実稼動率

実稼働率は、図で示しているように、主体作業時間を実働時間で割った稼働率である。実働時間は何らかの仕事をしている時間である。一方、主体作業時間は、印刷作業で言えば本刷りの時間でまさに製品を作り上げている時間である。したがって、本来求めることは、この実稼動率を如何に高めるかということである。
この実稼働率は、図に示している通り、先に紹介した機械時間率と運転時間率を掛け合わせたものである。したがって、先の説明を踏まえて言い換えると、生産現場において本来求める稼働率(実稼働率)は、生産管理の良否と現場作業者の技術力によって左右されるということである。したがって、実稼働率を見て、それが悪いときには、機械時間率が悪いのか運転時間率が低いのかを見る。そして、前者が問題であれば生産管理面を中心にして問題の分析、改善を考え、後者が問題であれば現場の技術向上や設備の性能・機能に焦点を当てて改善策を考えていくということになる。

稼動図

以上、稼働率についていささか理屈っぽい説明をしてきたが、経営指標がどの産業でも経営状況を評価する一般的な方式として通用しているように、印刷業における生産性評価にも共通の指標を作っていこう、ということのひとつのきっかけになればと思っている。 蛇足だが、上記で説明した機械時間率は、現在の業界の最大関心事になっている料金に関連して、自社の標準原価を算出に関わるデータであると理解している人が果たしてどれだけいるだろうか?

2002/11/13 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会