社団法人日本印刷産業連合会は、印刷産業がITを活用して業務を効率化する上での現状の問題と課題をアンケートにより調査・分析、印刷物生産の今後のあるべき姿を想定した高効率印刷物生産システム構築に向けた提言を「高効率印刷物生産システムに関する調査研究報告書」としてまとめた。
同報告書のアンケート結果に現れている印刷業界一般の経営管理上の問題のひとつは、現状の業務における問題意識の希薄さである。その理由は、上記調査研究の目的となっている「ITを活用し受発注から製造までにわたり効率化をはかる」という目的から導き出される経営管理のあるべき姿が描かれていないこと、そしてもっと基本的には、「印刷は特殊だ」という意識から、当たり前のことを当たり前にやろうという努力をしてこなかったことである。
上記アンケートでは、経営管理の状況、顧客とのコミュニケーションおよびデジタル化に伴う問題について17の設問を設けて現状を聞いている。結果は、あくまで平均値ではあるが、全体の70 %に当る12の設問で問題点は少ないというものである。本当にそうなのだろうか?
たとえば、「顧客からの納期問合せや進捗確認に対して迅速な回答ができない」という設問には、「できている」との回答が26.2%、「どちらかというとできている」が34.8%と、出来ているとの回答が61%あるのに対して、「できていない」(1.7%)、「どちらかといえばできていない」(13.7%)で「出来ていない」との回答は圧倒的に少なくなっている。しかし、顧客側からは「生産進捗情報の迅速な提供に問題あり」と指摘されており、両者に大きなギャップが見られた。
報告書ではこの点について、「問合わせへの対応と生産管理システムの導入状況および従業員数との間には相関関係は見られない。このことから、顧客からの問合せへの対応は、生産管理システム等のITを利用した対応ではなく、営業担当マンのマンパワーによる対応と思われる。したがって、顧客からの問合せ対応に時間を要していると推測される」とコメントしている。まさにコメントの通りであろう。
上記は、あくまでも現状に対する回答だから、「現状では『できている』が、今後は現状のレベルでは問題になる」と思っているのかいないのかについてはわからない。しかし、IT化を進め、大きな成果を上げている紅屋オフセット株式会社の川崎専務が「印刷予定に関して顧客から担当営業に問合せがあると、営業から工務課へ、工務課から工場へ、そして工場では電話をとった人から機長へと電話が回されます。『それって当たり前のように見えて実は大変な数の人が関わっているんですよね。しかも、各担当者に電話が回されて、それが折り返ってくるわけですから、最低でも30分はかかる。その間お客さんはいらいらしながら待たないといけないわけですよ。はっきりいって時間の無駄ですよね』」(日本印刷新聞社刊「紅屋オフセットの経営」より)と述べているように、ほとんどの印刷会社の状況は、「顧客からの納期問合せや進捗確認に対して回答をしている」ことは事実だが、それは顧客側から見て「迅速」だとは思えないし、社内的にも多くの無駄をしているだろう。
したがって、「どちらかといえばできていない」という回答が多く出るのが実態を反映した回答だと思う。そうでないのは、本来どうあるべきか、これからはどうあるべきかといった観点から現状を見てないからである。
アンケートの「全体計画(入稿から納品まで受注全体の生産計画)を立案するのに時間・人手が掛かっている」との設問に対しては、「かかっている」(4.1%)、「どちらかと言えばかかっている」(22.2%)に対して「かかっていない」(14.3%)、「どちらかというとかかっていない」(15.4%)となっている。ここでの問題は、「かかっていない」という会社の基準がどこにあるかである。
先出の紅屋オフセット印刷の川崎専務は「工場における仕事の流れを管理するのが工務といった部署です。営業マンが受けてきた仕事を、無駄なく納期に間に合わせるよう、印刷機などの性能を熟知し、仕事をどう流すかといった的確な判断を求められる職種です。つまり現場監督です。当然、工務の任につく人には熟練技術者が求められます。『熟練された方というのは、その会社で長年勤められている方が多いはずです。ということは、それだけ人件費が高いということです。工務というのは非生産部門なのです。そういった非生産部門に人件費の高い熟練者がいて、これからの経営が果たして成り立っていくのかどうかなのです』」(「紅屋オフセットの経営」より)という認識に基づいて、見積もり・受注管理システムと連動する工程管理システムを構築した。そして、その結果、オフ輪12台、枚葉印刷機7台を設置している同社の3つの工場における刷版、印刷、製本の管理を3名で行うまでに省人化した。
先の設問で「かかっていない」と回答した企業では、工務の役回りをしている人が何人いるのだろうか?
アンケートの設問に見積もりに関して「営業担当者により同じ仕様でも見積り額が異なる(見積もりの透明性、比較が難しい)」という問いがある。それに対する回答は、「大きく異なる」(1.5%)、「異なる」(23.3%)という肯定の回答率に対して「だいたい同じになる」(36.1%)「全く同じになる」(6.4%)、「どちらともいえない」(22.2%)であった。見積もり額は営業担当者毎にそれほど変わらないという回答が多い。この回答傾向は、リピート物が多い「ビジネスフォーム・証券印刷」、「包装印刷・その他特殊印刷」の会社の回答に引っ張られたもので、出版印刷、商業印刷を主力取り扱い品目とする印刷会社の回答だけを見ると、肯定、否定がほぼ半々である。一方、これらの会社では、「顧客対応についての営業コストが高い」との設問に対する回答で肯定が多くなっている。後者の理由は「顧客の要請で訪問せざるを得ない」とする企業が多く、報告書では「営業案件のパターン化や営業業務の標準化を行う必要がある」としている。全く妥当な指摘である。
しかし、今回のアンケート調査を離れて考えたとき、営業のコスト高に関しては内部業務の非効率の改善にもっと目を向けるべきである。
ここで、再び、紅屋オフセット印刷の川崎専務の言葉を「紅屋オフセットの経営」から引用する。「通常、昼間は営業業務を行っていますから、原価計算や見積もり、受注伝票作成はどうしても営業活動から帰ってきた夕刻から夜にかけてということになります。それも手書きでした。『営業本体の仕事は何か。お客様のところへ行って受注してくるのが本来の仕事じゃないですか。一生懸命になってたくさん受注してきた営業マンが見積もりに時間を費やされる、受注伝票を書くのに時間を費やされる、おまけに原価計算などにも時間を費やされる。こんなことをやっていれば徹夜徹夜の連続です。これって不公平だなと私は思うわけです。一生懸命に仕事をしている営業マンが大変な思いをしているわけですから。もっと本来の営業活動に専念できるような環境を作ろうというのが、見積もり受注管理システム開発の第一義でした』」。「大体、見積もりソフトを作ろうと思ったのは、同じ仕様の印刷物の見積もりを何人かの営業担当者に頼むと、各人で違う金額が出てくることがきっかけでした。あまりにもコスト割れし過ぎるのも、その反対に高すぎるのが、平気で出てきたのです。大赤字になった経験もあります。(中略)会社としては、誰が見積もりをしても同じ数字が出てこなければいけません」と述べている。
至極当然のことではないだろうか。ちなみに、同社では「見積もり管理システムが完成したことで、完成以前は45人いた営業が、現在では25人となっています」という。
見積もりに限らず、印刷業界は、経営管理面でいろいろな理屈をつけて当然のことを当然のことして行ってこなかったのではないか?と自省してみる必要がある。高効率印刷物生産システムにおいて、MIS(経営管理情報システム)は非常に重要な役割を果たす。そして、大多数の印刷会社のMISは、現在のままではその役割を果たすことはできないから、作り直さなければならない。どのようなMISでなければならないかの骨格はすでに本ページで述べてきたし、「経営管理システムガイドT」にまとめておいたが、作り直しの基本は「印刷は特殊」との意識を改めて、当たり前のことは当たり前にできるシステムにしていくことである。
2004/08/11 00:00:00