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社内仕切価格の運用のポイント

JAGATでは、塚田元会長が提唱したPMPシステム(Profit Management System for Printers:印刷業のための利益管理システム)の業界への啓蒙、普及活動を行なってきた。7年連続のマイナス成長の中で印刷会社の営業利益率平均が3%を割り込みはじめ、印刷業界のPMPシステムへの関心、認知度も高まってきている。

PMPシステムでは「社内仕切り価格」を設定する。この仕切り価格は、営業にとっては現場から仕入れる標準仕入れ価格であり、生産各現場にとっては営業に対する標準売価という意味を持っている。そして、この仕切り価格に対して営業の売上を対比することで、営業が出した粗利益を1品毎あるいは営業マン毎、商品毎、得意先毎に評価する一方、各製造現場の期間単位の実際原価との対比によって、製造現場が出した利益を決算数字に近い数字として評価することができる(詳細は「部門別予算作りの勧め」「ing思想に基づく経営管理の基本的考え方」参照)。したがって、「社内仕切り価格」が非常に重要な役割を果たすことになる。

しかしながら、多くの企業では、この仕切り価格の設定が利益管理システム導入の大きな障害になっているようである。ひとつの理由は、各社の生産の実態を反映して標準原価を元に設定しようとするときに、必要なデータがないということである。もうひとつは、設定された仕切り価格そのものについて全社的な納得が得にくいということである。
仕切り価格の設定方法は、必ずしも標準原価を元にせずに従来の料金表の数字を元に作ることもできるし、外注価格を基準に設定することもできる。したがって、利益管理システムの導入、運用においてそれほど大きな障害にはならない。問題は、何らかの方法で設定した仕切り価格の水準自体への合意にある。
この点について、PMPシステムの基本的な考え方を理解することによって全く問題ではないことを以下に説明したい。

PMPシステムの基本は、塚田元JAGAT会長の「ing思想」である。「ing思想」とは、企業の利益は、営業、製造各部門それぞれの「日々の努力、行動」によって生み出されるものであるという考え方である。そして、「ing思想」を実行するときの経営管理手法はその努力の結果を明確に評価できるものでなければならない、ということからPMPシステムは提唱された。
営業が顧客に提示する価格は、単に原価に営業が出すべき粗利を加えた「Price」ではなく、日々の努力によって勝ち得た顧客からの信頼に基づいて値付けされるべきものである。そして、より妥当な価格を承認してもらえるように努力すること、およびその結果として妥当な値付けをすることを、塚田元会長はPricingと呼んだ。「ing」を、行動すること、努力すること、改善することと意味つけてのネーミングである。
一方、常にコストダウンのために努力することが生産現場の任務である。企業に妥当な利益をもたらすにしても、自らの給料を上げるためにも、現在のコストを下げる努力をして、その結果として利益を増加させることが不可欠である。そして、このコストを下げる努力、改善のための行動を「Costing」と呼んだ。

このように、営業、生産各部門ともに常にそれぞれの持ち場の中で努力をして、その努力による改善成果の総計として利益が生まれるという考えが「ing思想」である。 したがって、この「ing思想」に基づく管理手法としてのPMPシステムでは、ある時点で、営業、生産各部門それぞれがどれだけ企業の利益に貢献したかを評価するだけでなく、時系列的な評価として、利益への貢献がどれだけ改善されているかという視点が非常に重要である。ある時点で大きく利益に貢献している部門でも、それが次第に減少してしまうことは問題である。「ing」思想の観点からは、ある時点で赤字であっても、日々の努力によってだんだん赤字を減らしている部門があるとすれば、現在黒字であっても黒字幅を減らしてきている部門よりも高く評価することになる。

そのように見ると、実は仕切り価格はどのような水準に設定しても全く問題ないという点を理解している企業は非常に少ない。
ケース1は、ある工程作業あるいは製品価格が誰が見ても120円であり、その製造原価は誰が見ても100円であるという場合を想定している。このときに、たとえば社内仕切り価格を105円に設定したとする。この時点では、営業が120円で売れば、営業の仕入れ値は仕切り価格である105円だから、営業は15円(120円−105円)の粗利を出すことができる。一方、生産現場は、100円の原価で作るものを105円で営業に売るから、5円の利益を得ることができる。この時点から出発して半年後、営業の売り値がなんらかの事情で115円に下がってしまったとすれば、営業が出す利益は15円ではなく、それより5円少ない10円になる。
一方、生産現場では、この半年間に原価低減の努力をして原価を5円下げることに成功したとすると、仕切り価格との差は10円となり最初の時点よりも5円多くの利益を上げることができるようになった。

さらに半年後、営業の売値はさらに5円下がって105円となったとすると、営業の出す利益は5円となり、当初の15円から10円も少なくなることになる。生産現場では、最初の半年と同様に、その後の半年間でもCostingの努力が実って原価を90円にまで下げることができたとすれば、生産現場が出す利益は当初よりも10円多い15円となる。
このように、ある時点で各部門が出した利益がいくらであるかということではなく、その利益が増えているのか減っているのかを見るのが、「ing 思想」に基づくPMPシステムにおける利益管理の視点である。ある時点では高い利益を出している部門があったとしても、それは、それまでの成果であって、以降その利益が減少するのであれば利益の水準の高低に関わらず「ing」の成果は認められないとする立場である。

さて、今度は仕切り価格として110円を設定したとして考えてみよう(ケース2)。仕切り価格を110円に設定すると、最初の時点で営業が出す利益は10円となり、先の例よりも5円少なくなる。一方、生産現場は100円の原価のものを110円で営業に売れることになるので得られる利益は10円になる。当然のことながら仕切り価格を105円と設定したケース1のときよりも5円多くの利益が出るという結果になる。このようなことがあるから、仕切り価格をどの水準に設定するかについて、営業と生産現場が対立し全社的な納得が得にくいということになる。

さて、ここで先の例と同様に時系列的に、営業、生産現場が出す利益を見てみよう。まず、半年後に市況価格が5円下がって営業の売値が115円となったとすると、今度は仕切り価格が110だから営業が出せる利益は5円になる。営業が出す利益の絶対値は、ケース1の例の場合は、当初は15円、半年後は10円であるのに対して、後者では、当初の10円が半年後には5円になる。
しかし、ここで注目していただきたいのは、絶対値ではなく利益の変化量である。仕切り価格を105円として設定した場合と110円で設定した場合では、営業が出したとして計算される金額は異なるが、変化した量、つまり当初に出した利益と半年後に出した利益の「差」はいずれも5円で全く同じである。生産現場の方を見ても、仕切り価格を105円で設定したときの現場が出せる利益額と110円で設定したときの利益額は異なるが、半年という期間を過ぎて合理化の努力として増加した利益の額は、仕切り価格を105円として設定した場合も、110円として設定した場合もいずれも5円で同じある。
「ing思想」の基本的な考えに沿って、成果に対する評価を出した利益の変化量で見る限り、仕切り価格をどのような水準に設定しても変わらないということである。

以上で、ある時点における部門別の利益額を切り取って比較するのではなく、出された利益の増減、時系列的な変化量で見る限り、社内仕切り価格の水準がどこに設定されようが、評価には全く関わりがないことが理解していただけただろう。
もちろん、仕切り価格の水準は、できるだけそれ自体として妥当なものであることのほうが望ましい。したがって、各部門の評価はそれぞれの部門が出した利益の「増減」に注目して運用しつつ、仕切り価格の水準を順次より妥当なものに修正していくことがベストの方法である。

2005/10/12 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会