東京都現代美術館で開催中の「ライゾマティクス_マルティプレックス」展を通して、デジタル技術と表現と人との関係を考える。
2021年に設立15周年を迎えるライゾマティクス(Rhizomatiks:以下、ライゾマ)はデジタル技術を駆使し、アート・広告・エンターテインメントなど領域横断的な活動を行うクリエーティブ集団である。
技術と表現に関する研究開発に注力しながら、その成果をビジネスに結びつけ、Perfumeや狂言師の野村萬斎氏とのアートコラボレーション、ビッグデータの視覚化などの実績で国内外から評価を得てきた。
ライゾマの美術館における初の大規模個展「ライゾマティクス_マルティプレックス」が東京都現代美術館で6月22日まで開催されている。
「マルティプレックス(複合的)」という名のとおり、さまざまな技術・表現・テーマが展開され、情報密度の濃い空間となっている。
展示内容の一部を紹介しながら、彼らの活動の特徴と思考を見ていこう。
研究開発と試行錯誤のプロセス
ライゾマはアーティスト、プログラマー、研究者などで構成され、プロジェクトの発案から技術開発、作品制作まで全てを担っている。
プロジェクトのためにハード・ソフトを自ら開発し、その技術をアップデートさせながら、新しい表現を探究し続けてきた。
例えば「particles 2021」は、2011年に発表された作品をアップデートしたものだ。有機的な螺旋構造のレールに転がるボールを光らせ、ボールの点滅のタイミングを制御して空中に幻影的な残像を描き出す。2011年の作品では、タイマーを用いてボールの位置を自己推定したが、ボールの位置をより正確に検知してトラッキングし、レーザー照射することができるようになった。
ライゾマの作品群は華やかで洗練されているが、舞台裏は地道な作業と実験・検証の積み重ねである。その様子は本展の「Rhizomatiks Archive & Behind the scene」セクションに展示された記録映像と、ライゾマが開発したデバイスの実物展示で確認できる。
記録映像にはデバイス制作や稼働実験の風景が映し出され、ライゾマの創設メンバーの1人である真鍋大度氏が語った「ほしいのは偶然の成功ではなく失敗の原因です」という言葉も紹介されている。
実物展示では、撮影用のドローン、ライブパフォーマンス用のプリント基板、センサー内臓シューズなど、普段は見ることのできない貴重なデバイスが並ぶ。
これら開発と試行錯誤の様子には、厳密さとともに創造への喜び、そして遊び心も感じられ、彼らがプロジェクトの結果だけでなく、そこに至るプロセスを重視していることがうかがえる。
ライゾマは先端技術を用いた表現手法の実験にも取り組んでおり、本展の「R&D(リサーチ&ディベロップメント)」セクションでその一端が紹介されている。
会場屋外のサンクンガーデンでは自律走行するロボットの実証実験「RTK Laser Robotics Experiment」が行われている。RTK-GNSS*システムで位置情報を取得、ソーラーパネル発電で会期中走行し続け、夜間はGPS衛星などの場所をレーザー光で指し示す。
*RTK-GNSS: リアルタイムキネマティック全球測位衛星システム。測位衛星からの情報と地上に設置した「基準局」からの位置情報データによって誤差数センチの測位が可能な技術
真鍋氏と京都大学 / ATRの神谷之康研究室の共同作品「Daito Manabe + Kamitani Lab, Kyoto University and ATR “dissonant imaginary”」は、音楽を聴いたときに頭の中に浮かんだ映像を視覚化した実験作品である。
「morphecore-prototype」は脳情報デコーディング技術で脳活動からダンスを生成することを想定し、ダンスを、ポーズ・モーション・コレオグラフィーという3つの要素に分解し、再構築を行っている。
リアルとバーチャルの融合
ライゾマは、アーティストとのコラボレーションも数多く手がけ、ライブパフォーマンスにプログラミングで生成したビジュアルを重ねた、インパクトのある舞台演出や映像作品に定評がある。
「Rhizomatiks × ELEVENPLAY “multiplex”」は、ダンスカンパニー「ELEVENPLAY」のダンサーの動きをモーションデータ化し、映像プロジェクションや動くロボティクスとともに構成したインスタレーション。会場では、撮影に使用した舞台で装置が動き、映像プロジェクションが展開される様子が見られる。
隣室のモニターでは、舞台の動きにダンスとモーションデータが同期した映像作品が上映されている。生身の人間の動きがバーチャル空間と融合することで、より躍動的な魅力を持って迫ってくる。
現代社会への問題提起
ライゾマは、デジタル化が加速する現代社会に対する問題意識を作品に反映させている。
「NFTs and CryptoArt-Experiment」は、デジタルアート作品がインターネット上でどのように流通しているかを可視化した作品である。
CryptoArtとは、NFT(代替不可能な暗号通貨)によって唯一無二の真作とされたデジタルアート作品である。従来は複製が容易で価値を付けられなかったデジタルアート作品の取引が可能となり、流通が活発になったが、環境負荷や価格変動などさまざまな課題が指摘されている。
本作は現状を正確に把握することにより、課題解決の方向を考える契機となっている。
「Trojan Horse」は、人がウェブサイトを閲覧した瞬間に、その裏側でデータがどのようにやり取りされているかを可視化した作品である。フェイクニュースや陰謀論の拡散などの諸問題が、AIの進化によって高度化されたターゲティング広告による負の産物ではないかという真鍋氏の問題意識から生まれた。
これらの作品はデジタルの背後に隠れている人間の営みを、デジタルの力で炙り出す。ライゾマにとってデジタルのあるべき姿とは、人の生活を脅かすものではなく人に寄与するものなのであろう。
ライゾマが探究する、デジタル技術と表現と人との関係は、印刷業界にとっても学ぶ点が多い。本展は、ウェブサイトにオンライン会場も設けられているので、ぜひ鑑賞してほしい。
(JAGAT 研究調査部 石島 暁子)
※会員誌『JAGAT info』 2021年5月号より一部改稿
※掲載写真:「ライゾマティクス_マルティプレックス」展示風景
(東京都現代美術館、2021年)photo by Muryo Homma(Rhizomatiks)