大日本印刷株式会社 市谷事業部 ソリューション推進部 池田敬二氏
大日本印刷は、2001年に「P&Iソリューション」を掲げ、印刷技術(Printing Technology)と情報技術(Information Technology)の融合による顧客の課題解決に取り組んでいる。生活者のコミュニケーション環境が変化することによって「P&Iソリューション」も進化を続けている。
この十数年でプリプレスの現場は大きく変容した。私が入社した1990年代には、鉛活字による活版印刷がまだ残っていた。オフセット印刷やグラビア印刷の文字組版部門では、写植機の「ガチャンガチャン」という音が鳴り響いていた。 現在の前工程現場は、整然とMacintoshが並び、静かにオペレーターが作業を行っている。この十数年で急速にDTP化が進み、プリプレスが合理化された。
さらにインターネットや携帯電話がメディアとして成熟してくると紙とデジタルの融合が本格的に始まった。代表的な事例として『広辞苑』(岩波書店刊)がある。 大日本印刷では、1955年発刊の初版から印刷を手掛けている。1976年の第2版補訂版からCTS電子組版を導入し印刷工程の省力化を実現させた。こうした流れが1987年にはCD-ROM版の発売につながっていった。
携帯電話が普及し始めた2001年にはモバイル版『広辞苑』がリリースされた。その背景には、携帯電話で着メロなどのコンテンツを購入することが急速な勢いで浸透していったことがある。インターネットが普及しても出版社にとってビジネスとして成立するサービスはなかなか生まれなかったが、携帯電話ではキャリア(携帯電話会社)が課金代行までしてくれる。今では電子出版市場の半分近くは携帯電話向けのサービスである。この『広辞苑』のサービスの変遷は、メディアの進化にいち早く対応するため出版社コンテンツを適切な形に加工して成功した事例である。
「ケータイ小説」は、携帯電話からアップロードされる「デジタル小説」が携帯コミュニティサイト上で人気となり、アナログ商品である書籍に結実するという経緯をたどる。作者である書き手の多くは小説家を志望しているわけではなく、読者側も今まで本を1冊も読み切ったことがない人もいるという。
こうしたケータイ小説の中にはベストセラーになるものも多く、2006年の書籍売り上げランキング文芸部門ベスト10のうち4タイトルを占めたのがこのケータイ小説だった。なかには1カ月で100万部を突破するような作品も出てきている。この売れ行きの異常なスピードもケータイ小説の特徴と言われている。
通常の小説は、プロフェッショナルな作家と編集者が読者に一方的に届けるものである。ところがケータイ小説は、生成過程も読者に広まっていく過程も全く違う。ケータイサイトでアップされる読者と等身大の「小説」は、リアルタイムで読者の感想が書き込まれて、ストーリーや構成に影響を与える。読者にとっての参加意識も強く、熱狂的に支持されて書籍化された際には、読者一人ひとりが広告塔になって口コミ的に広がっていく。作品の生成過程と同様に、プロモーションの方法もまさにCGM(消費者生成メディア)的に増殖していくのである。こうしたCGMがもつ力をいかに出版市場に生かしていけるかは、今後の出版界にとって重要なテーマと言える。
読書のスタイルが明らかに変容してきている。出版コンテンツがデジタル化されることによって、多様な読書スタイルが可能になってきた。コンテンツによって最適な読書スタイルも変わってくる。出版コンテンツを効果的にクロスメディア展開していくことは、コンテンツの宝庫である出版社にとって重要なビジネス戦略であるのと同時に、新しい読者層の開拓、新しい読書文化の創出につながっていく。
「ケータイマンガ」は、ケータイ小説よりも早くクロスメディアとしての市場が成熟してきた。2003年に市場が立ち上がり、月単位で売り上げが倍々に膨れ上がっている出版社もある。紙のコミックスでも数千部で売れ行きが止まっていたタイトルが、ケータイマンガで読まれ出したことがきっかけで再び売れ出し、再版が掛かるものもあるという。そのため、ケータイマンガを紙のコミックス販売のマーケティング戦略に活用している出版社もある。
雑誌をデジタル化する流れも昨年から大きく動き出した。デジタル雑誌ストア「富士山デジタル」は雑誌を表紙まわり、編集ページ、広告ページも含め、紙の雑誌と同じ体裁でデジタル化して、最新号を有料配信する。バックナンバーというロングテールへのビジネスも可能になる。販売期間が限定されている雑誌のコンテンツは言わば毎号毎号「捨てられて」いたようなものである。
当社で印刷受注している雑誌でも、「PDFデータをどの段階でどのような仕様で提供すればいいのか」といったデジタル雑誌を視野に入れた問い合わせが急増している。ビジネスとして定着するかどうかはまだ分からないが、雑誌の売り上げの前年割れが続く中、新たな試みに挑戦していくことは当然の成り行きと言える。
一方、紙の雑誌では表現できない電子雑誌を追及しているのが、アンカー・パブリッシングの『Manyo』『ginger』などの電子雑誌である。これらのビジネスモデルは広告収入で成り立っているので、無料で閲覧できる。動画やサウンドをふんだんに使って、電子雑誌の可能性を追求している。電子雑誌に向いているコンテンツはどんなものなのか、どのような表現方法やビジネスモデルが最適なのかを模索する挑戦は、ますます活発になっていくことが予測される。
出版印刷分野でも印刷会社は、受注した印刷物を製造して納めるだけではなく、得意先の潜在的な課題が何であるのかを「対話」を通じて見つけ出し、課題解決をするのが本来のソリューションビジネスである。「得意先のニーズが多様になった」ことに対応するだけでは、クロスメディアビジネス界で勝ち残ってはいけない。
GoogleやAmazon、YouTubeといった怪物が登場して、ユーザー(読者)側がリアルタイムで自由に情報を整理、共有することが可能になり、プロモーションに有効活用できるようになってきた。出版コンテンツのビジネススタイルも紙だけではなく、PC、ケータイ、iPodなども加わっている。 今後は、印刷会社もこうしたWeb2.0時代のプロモーション、マーケティングに長(た)けていないと出版社のパートナーに選ばれない時代になってきた。
クロスメディアエキスパート認証試験は、文字どおり「クロスメディア時代」に必要な知識、スキルを磨ける格好の資格試験である。「メタデータ」「XML」「知的財産権」「プロジェクトマネジメント」といった最先端で幅広い領域をカバーしている学科試験に加え、具体的に想定されたクライアントに時間内に提案書を書き上げる論述試験も実にユニークである。
この資格試験が、クロスメディア時代の確かな指針になることは間違いない。さらに必要なことは自らが日常の業務やプライベートにおいても、クロスメディアの視点で情報を収集し、整理し、そして発信していくことを楽しむ積極性である。SNS、ブログといったCGMを体感したことがない人には、その優位点も欠点も理解できないだろう。主体的にさまざまなクロスメディアの波を乗りこなしてこそ、説得力のあるメディアディレクターとして得意先の信頼を得ることができるはずである。
(プリンターズサークル7月号 特集「顧客の課題を解決するメディア提案」より一部抜粋)
2007/07/23 00:00:00