紙は消える?
「20年後には紙の本は消える」…。1999年9月のSeybold Seminarsの会場で大胆にもこんな未来予測をしたのは,米マイクロソフト社のDick Brass氏である。 Dick Brass氏は,2004年にはタブレットPCが主流になり,2010年には折り曲げ可能PCが出てくるだろうと述べ,これは,大学図書館以上の本や雑誌が記憶可能なものだろうという。そして,2020年には本の90%が紙ではなく,eBookになると予想しているのだ。 また,2005年のeBook市場は10億ドルになるだろうとも言っている。
2000年春,アメリカの超売れっ子作家Stephen Kingの「Riding the Bullet」がeBookの世界に旋風を巻き起こしたことは記憶に新しい。紙の本を出版せず,電子書籍の形だけで発売したところ,24時間で40万部が売れたという。この日本語版の書籍をBOLが販売している。 eBookのもたらす可能性が,出版社やソフトウエアメーカーなどから大きく注目されるようになったことは,間違いない。
Adobe vs Microsoft
PC一台で本をどこでも読めるのは,たしかに魅力だ。ただ,今は「やはり本は紙が一番見やすい」という声が多いだろう。コンピュータの画面で本を読むためには,精細な画像が必要だ。また,電子書籍には,違法コピー,改ざんなど著作権の問題も避けて通れない。 それらの課題を追求して,電子書籍を読むためのソフトが各社から提供され始めた。アメリカでは今,Microsoft ReaderとAdobeのAcrobat Readerが競争になってきている。
まず,Adobeが提供する製品は,Adobe PDF MerchantとWeb Buy プラグインである。 PDF Merchantとは,2つのアプリケーションとサーバを構築するときに参考になるようなパールのサンプル集が入ったキットである。アプリケーションの1つはPDFファイルを暗号化する機能で,もう1つは暗号化したPDFファイルを解錠するためのライセンス鍵を発行する機能である。
ユーザが,Acrobat Readerを使うとき,暗号化されたPDFファイルの鍵を探しにいったり鍵を取得して解錠する機能を付け加える必要があるが,そのために必要なのがWeb Buyというプラグインである。ライセンス鍵は,個人ごとのIDがつくので,自分のパソコンでしか開けないしくみになっていて,著作権管理が固くされている。 Web Buyはアドビのサイトから無償でダウンロードできるようになっている。
一方,Microsoft Readerは,1999年9月にサンフランシスコのSeyboldで発表され,2000年8月に出荷され,初日に10万本が無償でダウンロードされた。ReaderはMicrosoftのサイトからダウンロードするが,本についてはバーンズ&ノーブル社からダウンロードできる。 値段は,フリーのものから10ドル以上のものまである。フリーのものでは,著作権切れの「宝島」や「不思議の国のアリス」など100冊以上あり,自由にダウンロードできる。 2000年9月には,MicrosoftはAmazonとも提携した。
このMicrosoft Readerのファイルは,.litという拡張子になっており,microsoft.com/reader/に行くと誰でも作れるようなツールが用意されている。ただ,日本語対応についてはもう少し先になるようだ。 Microsoft Readerは,Clear Typeという,液晶画面上で高精細に読めるための仕組みも入れている。
PDF MerchantのときにはユーザIDとハードディスクのIDやマシンIDを使って著作権管理をするが,Microsoftの場合はMicrosoft Passportという技術がある。これはユーザIDを拡張したようなものである。ユーザIDやパスワードといった論理的な情報をたくさん入れた仕組みを今後提供しようとしている。それで論理的な個人認証ファイルを作り,その認証ファイルとの整合性をチェックするという形で著作権管理をしようとしている。 いずれも,日本に導入される日は近い。
出版社のチャレンジ
大型オンライン書店出店や作家が電子書籍販売サイトを立ち上げる動きは,かなり以前からあった。しかし,9月1日にオープンした「電子文庫パブリ」(http://www.paburi.com)は,大手出版社8社が共同で立ち上げた電子書籍販売サイトとして,大きな注目を集めている。 角川書店,講談社,光文社,集英社,新潮社,中央公論新社,徳間書店,文藝春秋という文芸文庫を出している8社が幹事になり,書籍をダウンロード販売するというものである。紙の販売はしない。8社共通の入り口を作り,検索から課金まで,読者にとってより便利なサイトを作っている。価格は,500〜800円が中心,ダウンロードできる書籍は長期品切れとなっている文庫が9割近くを占める。
8社は,以下のような約束ごとを決めている。
・当面,経費はすべて8社等分負担。
・技術や知識はできる限り公開する。
・タイトルは自社で出版されたもの,されているもの,書き下ろしのいずれかである。
・テキストをベースにしていればデータ形式は問わない。
・文字をベースにした文芸書
データ形式は,光文社,徳間書店がテキスト形式,角川書店,新潮社,講談社,集英社はドットブック形式,中央公論新社はPDF,文藝春秋は独自開発のCXTである。当面は,4つの方式が全て入っている無償のCD-ROMを作り,登録した会員へ無償送付をする。
目標としては,1年後に会員が1万人,収録タイトル2,500点を目指している。また,8社以外にも入ってもらい,活性化させていきたいとのことだ。 電子書籍販売サイトを推進しながらも,「紙の本はなくならない。なくしてはいけない」と,光文社の細島三喜氏は語る。また,「出版社と印刷会社は今後は契約を結んでいかなければならない」とも言う。 電子本のおかげで,障害者に読書の機会を,また,コンピュータゲームに熱中している子供たちに読書の楽しみを覚えさせるきっかけになればと考えているという。
AdobeとMicrosoftのReaderが日本に導入される日も近く,ますますeBookの環境は整ってくる。21世紀,果たしてDick Brass氏の予測したように紙の本は消えて,本=電子書籍となる日がやってくるのだろうか。
2000/11/30 00:00:00