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もうひとつのeBook

出版という営為のプロセスは、著者から編集、制作、印刷、物流を経て、読者に至るまで、多くの人が関係し、その中間にそれぞれの世界が形成されていた。しかしそれらはすべて情報の処理であることから、情報のデジタル化という科学技術レベルの広範な力が出版の全プロセスに変化をもたらしつつある。

平易にいえば、著者から読者までデジタル処理能力が行き渡った結果、著者のメールマガジンを直接読者が購読できるようなことさえ起こっている。これは1980年代から「業界」で騒がれてきた電子出版なるものの概念を根底から覆すものである。そこに今になってeBookが話題になっている理由もある。デジタル化が社会的にこなれた時にどんな電子出版の姿が描けるのか、という新たな文脈で電子出版を考え直さなければならないところにきている。

つまり「業界」のあらゆる部分あるいは要素において、それぞれデジタル化で今までにない処理が可能になる。書籍流通業者がブックオンデマンドで印刷製本業を兼ねてしまうこともある。しかし同時に出版プロセスのどの部分も過去のママではいられないことがもっと重要である。原稿はパソコンなどで書かれると、デジタルデータとして原稿管理する技術が求められるようになる。これは従来誰もがもっていたものではない。

今まで出版に関わってきた人は、どうしても自分の立場だけは不変にしておいて、周囲が変化してくれればよいと考えがちであるが、出版プロセスの何処も固定ではなく、自分の役割も変わるというつもりでeBookのことは考えるべきであろう。

すでに「出版=出版社」ではないように、出版プロパーではない組織、学校、企業などで出版活動をしているところは多くある。組織というのはそれぞれある種の情報の集まるところであり、そんなところから出版機能を持つ部門は生まれるが、デジタルによる出版プロセスの効率化は、こういった合目的的な出版部門に有利に働くと思われる。

出版プロパーな会社と組織内出版部門の差は本質的にはないが、出版部門の方がマーケットが限定され、コストプレッシャーが強い。こういった点でも、出版コストの一部を本体組織の事業に潜り込ませつつ、出版の前工程を事業と一体となった情報処理にすることが進展するかもしれない。
そのように考えると、eBookの立上げの土壌としてはデジタル情報処理が希薄な過去の出版プロパーよりも、IT化の進んだ組織内出版の方がふさわしいかもしれない。

(出典:通信&メディア研究会 会報「VEHICLE」140号 より)

【追補】
eBookの環境として最も重要なのは、MicrosoftのReaderであろう。今はReader以外も含めてeBookとくくっているが、Readerとそれ以外の2つの世界に分けて考えなければならないかもしれない。Readerは、単に画面でページを見る仕掛けというだけではなしに、MicrosoftのWord/Office製品と結びついて、オーサリング環境もあまねくゆきわたるようになると考えられるからである。

いいかえると、自分で作って、自分で読むeBookができるのであり、またデータベースと連動して、メニューから選んだ内容をオンデマンドでeBookの形にして配布することもできる。前者はパーソナル/プライベートなeBook、後者は企業が配布するeBookなどで起こるかもしれないことである。当然PDFでも自作やデータベース連動はできるが、その手間のかかり方はMicrosoftのeBookの方がはるかに少ない点で有利である。

このようにReaderを対象にしたeBookは、コンテンツが無尽蔵に現れる可能性があることと、MP3のように自動でアクセス/配布する仕組みが組み合わされれば、MP3がレコード業界とは関係なく進んでいるように、過去の出版界とは断絶した本当に新たな出版の登場になるかもしれない。

参考:デジタルがメディアの世界を覆す
動き出したeBOOK

2001/01/17 00:00:00


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