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WEB時代にeBooksは必要か?

Seybold展示会も縮小気味である。これは出版印刷の今日的課題とも関係していて、特にアメリカでは勢いに乗るWEB出版と対称的に、伝統出版の後退が挨拶代わりのように語られる。パソコンのように変化の激しい分野では雑誌は低迷していて、PC誌はすっかり変わった。Seyboldへの関心も、デザイナ、企業出版、雑誌関係は下がっていて、印刷関係者が割と熱心のように見うける。そのせいか出版の将来についてはもっと語られてもよいはずなのに、マイクロソフトのDickBrassに言いたい放題いわれて黙っている状態である。

Dick Brassは、マイクロソフトを目の仇にしているオラクルに8年いて、昨年マイクロソフトに寝返った(?)人物である。オラクルでは出版部門を担当していたようであるし、その前はRandomHouseの電子シソーラスを作ったことがあり、その前は新聞社にいたようである。だから素人が勝手なことをいっているのではなく、確信をもって話しているのだろうが、オラクルでラリーエリソンからハッタリの大風呂敷を学んだのか、話が安っぽく、嘘っぽく聞こえてしまう。

紙の百科事典は落ち込んだのにCD-ROM百科事典は伸びたという件は、現象面をみるとそうだが、それはマルチメディアを活かしたオーサリングをした結果であって、百科事典といっても紙とCD-ROMでは全く別物で、単純には比較できない。百科事典は市場性があるからマルチメディアにできたのである。つまり紙媒体よりも遥かに手間をかけないとマルチメディアができないのならば、手間がかけられない世界は従来の形態に留まるだろう。

電子本への過剰な期待はつきもので、過去20年間に電子本が話題になるたびに底の浅い議論が繰り返されてきた。Seybold会議などに期待したいのは、そういったわけの分からない議論の中から、本当に重要な問題は何かを照らし出すことと、だから今後どのようなところが争点になるのかをまとめることだろう。私なりに考えると、まず土台となる環境変化として、オンラインブックストア、電子オーサリング、カスタマイズ需要、エレクトロニックリーディングがあることを前回挙げた。

さらに今回のSeyboldではっきり言えるようになったことは、まずマイクロソフトのプレゼン内容のClearTypeのように今日のPC技術が文字を読む装置として熟しつつあることである。次にオンラインブックストアでの大きな問題になっている、暗号化/鍵という技術に前回は触れた。

もうひとつの流通問題は従来の書店がいらないかもしれないという点である。ECという流通機構の変化が多くのビジネスをカオスに落とし込んでいる。WEBの世界ではAmazon.comが注目された時代は過ぎて、オンライン個人売買のeBayが300万物件を自動で扱うものが注目されている。Amazon.comは在庫を抱えていたことが発覚し所詮本屋であるといわれるようになった。しかしeBookは在庫がないから、Amazonのような機構はいらないのである。

eBayは個人オークション/売買だから商品は1点しかなくても売買の経費倒れにならない仕組みが必要なのである。この販売の事務/管理を無人化するやり方にヒントを得たビジネスと思われるものに、個人出版も可能なオンラインブックストアであるfatbrain.comがeMatterがある。

eMatterとはPrintedMatterからもじったものと考えられるが、個人が売りたい文書ファイルをアップロードし、その時自分で値段をつける。ファイルはPDF、Word、PostScript、Textなどである。誰かがダウンロードするとロイヤリティが払われ、時々販売報告が著者に送られる。掲載料は月1ドルである。AdobeのPDF Merchantも使うといい、コンピュータを使って店舗をほぼ無人化するのが特徴であろうと思われる。こういったサイトの条件は探しやすい分類法を持つことで、勝敗はこれからである。

最も重要と思われる問題は、こういうビジネスの話とは一線を画すが、NightKitchenのRobert Stainが著者側や読者側の事情をよく考慮した話をした中にあったように思う。VoyagerのHyperCardのツールキットの時も配慮されていた点であるが、著者がプログラムなしにオーサリングするテンプレート方式のツールを紹介した。NightKitchenという言葉は、深夜台所で原稿を書いている著者を思わせるが、この会社は著者の深部に迫ろうとしているのではないか。

またStainは、eBookを読む人が自分の電子ノートに切り貼りしながら使う様子を示し、ここではビデオでも必要なところを切り貼りできるデモをした。これはほんの一例でしかないが、電子本のストレスのない使い勝手は最も大きな問題なのに、正面から取り上げるところは非常に少ない。

つまりeBookを騒いで見ても、今日これほど普及したWEBでは何が不足なのか? という疑問に答えることができなければ、eBookはvaporになってしまうだろう。きっと何度も挫折を味わうだろう。しかしヒントはすでにあると思う。今我々はパソコンで文字を書くようになって、漢字の書き方を辞書で確認することはなくなった。これはエレクトロニック・ライティングである。また英語のWEBを見るのに辞書ひきソフトを使っている人もいるだろう。これはエレクトロニック・リーディングの始まりである。

WEBとは機能の異なった要求というのは考えられる。例えば一体本を読む目的は何かを考えると、例えば教科書にアンダーラインをひいたり、ノートに書き写したりすることが重要な場合もある。教科書よりもノートが鍵なのである。しかし今日の画面上でのカット&ペーストでは、貼りつけられたノートからもとのテキストにリンクを辿ることはできない。

このように従来の読書慣習では弱かった点がソフトウェアでどう補強されるのかに着目すべきである。そこからエレクトロニック・リーディングという読書スタイルが出てくるのではないかという予測がある。なにか電子本というモノそのものが素敵なのではない。前に述べたように、まだ重要なことは何かすら良くわかっていない状態だから、eBookの試行錯誤はおそらく10年は続くのではないだろうか。(小笠原治)

浮上するeBooks

1999/09/29 00:00:00


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