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情報編集型書店の可能性

株式会社ヴィレッジヴァンガードコーポレーション(代表取締役・菊地敬一氏)という会社がある。設立は1998年5月で、5年後の2003年4月にはジャスダックに上場している。
直営81店、FC32店の計131店(2003年4月時点)を構え、2003年春には六本木ヒルズ(東京)にも出店したこの会社は、実は「本屋」である。

しかし訪れるもの誰しもここを「本屋」とは思わないだろう。当初「感性のクラスショップ」を目指すという言い方をしていたが、一貫して「遊べる本屋」をキャッチフレーズに用いている商業店舗なのである。
幹事証券会社の会社情報には次のように記されている。
「「遊べる本屋」をキーワードに、書籍、SPICE(雑貨類)、ニューメディア(CD・ビデオ類)を複合的に陳列して販売する店舗をチェーン展開している。
書籍、SPICE、ニューメディアをそれぞれ別々の売場で販売するのではなく、内容的につながりを持たせて複合的にディスプレイし販売することで「本屋」、「雑貨屋」などの既存の業態イメージとは異なる店舗空間の創造に努めて展開していることが特徴。また、POP(各店員の個性・感性によって各人が工夫を凝らして手書きする商品説明書)を作成して商品の魅力を伝える戦略も特徴になる。
メインターゲットは20代を中心に10代後半から30代の若者。(中略)今中間期の売上高構成比は、SPICE64.1%、書籍27.8%、ニューメディア5.5%、その他2.6%。 」
そしてこの店舗形式は欧米でも類似モデルがなかったと言う。

上記にあるように、売上比率では書籍は雑貨類の約半分であるし、利益率でみればより差がつく。にも関わらず、ヴィレッジヴァンガードは「本屋」なのである。
ジッポーのライターの横に、ネイティブインディアンのアクセサリーが並び、その横にハーレー他のバイク本が置かれている、そしてその横には「旅」に関する品々がと、どんどん連鎖的に繋がっていく……。正確ではないが、そんな印象の商品レイアウトなのである。そして、店の商品を選び編集配列した目利きの手になる手書きのPOPが、そこかしこで関心を呼び覚ますメッセージをプッシュしてくる。

もしヴィレッジヴァンガードが雑貨屋を標榜し、そこで販売する「もの」に付帯する情報を付加価値サービスとして提供しようというショップであれば、情報提供の選択肢にWebや携帯というメディアも入ると考えたかもしれない。
しかしここでは情報を付加価値として扱ってはいない。それどころか「もの」という身体で直接触れるものに「意味」を付与する情報メディアには、選択の余地なく本という「もの」が最適なのであるということを教えてくれるのである。
試しにヴィレッジヴァンガードのオフィシャルサイトを見てみるといい。この力の入れてなさ具合は、あれだけセンス良くショップ空間を緊密に情報連鎖させているヴィレッジヴァンガードとは思えなく、敢えて「本屋」ということと同様、意図的である。

アパレル業界では単一のブランドショップではないセレクトショップを「編集ショップ」とも呼ぶが、「本」を溶接器にしながら、関連商品を連想法的に配置していくヴィレッジヴァンガードの手法は、それ以上に「編集が具体的に見える編集ショップ」を実現しているのである。ものと本をセットで配置することで「新しい価値=力学の場」が形成されることがはっきりと見えるのである。

本はカバー、帯、表紙、本文紙、装丁、レイアウト……含めて「もの」であることを強く主張するパッケージメディアであり、文学的に言えば、「意味のつまった小宇宙」とでもなろう。そして読んだ本は「記憶の収蔵庫」である。
「もの」はシーンは作るが、自ら単独で物語らない。しかし、読んだ人それぞれの感情移入やアイデンティティの投影が容易に起こりうる、そういう磁力を持った「本」を基点に空間を構成することで、空間の中で「ストーリーテリング」がしやすくなる。そして来訪者は「ものと本」とを抱き合わせることで生じるストーリーを購入していくのである。

よくできたテーマショップ、例えばディズニーランドでの消費行動を思い描けば、このことがより理解できるであろう。ディズニーという大きな物語(本)を場内で体験し(読み)、それを持ち帰り所有したいと関連商品を購入していくのである。単にキャラクターが可愛いからというだけの理由ではないのである。
ヴィレッジヴァンガードは「本」という物語の誘発剤を巧みに使って、店内のそこかしこに「ミニテーマパーク」を仕掛けているとも言えるのである。

ところが、従来型書店は本という商品を扱いながら、この本の持つ「物語性、意味性」を活かした消費行動の喚起、という観点が抜け落ちている。
現行のベストセラー以外は本の背のみが「あいうえお」順に並んでいるだけの商品配置であれば、オンライン書店にその地位を取って代わられることは自明である。ベストセラー型商品への依存型店舗形態、「あいうえお」検索型店舗形態は、別段実空間を要しないからである。
本の「背」ではなく「平」を活用しながら本を編集配列する店舗構成へのアプローチ、即ち「物語が共鳴し合うコンテクスト空間」を書店内に導入することへの模索に着手できるなら、その仕組みの上でワン・トゥ・ワン・マーケティングのデータ分析も効果的に活用でき、顧客の囲い込みもまた可能になるのである。

しかしそれらがヴィレッジヴァンガード同様の吸引力を持ちうるかと言えば、結局編集センスの問題になる。ヴィレッジヴァンガードの菊池氏はあるインタビューで人材育成について「伝承芸みたいなもので、一緒に働いているうちに編集能力をつけていくしかない」と答えている。これは編集者育成の困難さを言い当てた言葉であるし、実際編集者とはスキル以上にセンスに負う部分が多い職種なのである。

だが楽観できる部分もある。ユーザー参加型のメディアがIT-ネットワークにより増加し、まだ少数ながら、ユーザーが参加していく中で編集センスが磨かれていく「育成効果」を持った情報編集サービスも出てきている。

7月16日(水)開催のJAGAT主催シンポジウム「顧客の顔が見えるメディア――顧客との関係で進化をはじめたメディアとビジネス」では、巧みな情報編集の仕組み作りによって参加型のメディアビジネスを成功させている企業のトップの方々をお迎えする。

シンポジウム「顧客の顔が見えるメディア――顧客との関係で進化をはじめたメディアとビジネス」

(注)会場が変更になりましたのでご注意ください。
⇒会場:社団法人日本印刷技術協会(東京都杉並区和田1-29-11 TEL03-3384-3111)
会場地図はこちら

「顧客の側に立ち」「顧客と共に創る」ことをモデルの中に自然に織り込んだ4つの情報編集型事業、

●iMiネット(マーケティング・メディア)
●OKWeb(QAメディア)
●みんなの書店(参加型書店)
●ぱど(地域密着型フリーペーパー)

その代表者の方々による講演と、最後のパネルディスカッションではワン・トゥ・ワン・マーケティングの第一人者である和田昌樹氏をモデレータにお迎えして、顧客の関係で進化をはじめたメディアの方向性を考えていきます。

皆様のお越しをお待ちしています。

2003/07/10 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会