本記事は、アーカイブに保存されている過去の記事です。最新の情報は、公益社団法人日本印刷技術協会(JAGAT)サイトをご確認ください。

顧客を販売主に変えるメディア

Webサイトが誰でもが容易に立ち上げることができ、誰でもが情報発信者として表現主体になれるメディアであるということをより正確に考えていくと何が見えてくるか。

Webはキーボードという入力器を手元に置いた状態で「見る」というのが通常の様態である。そこでは読む/書くという行為がセットになっている。何かを表現したくなった時、ほとんどリアルタイムにキーボードを打ち込む先から情報が発信されていく、そういう仕組みのものであることを暗黙の前提に人はこのメディア全体と向かい合う。
実際に「書き込む=情報配信する」かどうか以前に、それを可能とする機能が具わったメディアであるということが、このメディアを理解するためのポイントなのである。
だから、純粋に「読む」ことを前提とした書籍のようなメディアのアナロジー(類比)で捉えると読み誤ってしまう。
一方で、Webを考える際、インタラクティブな仕組み作りが可能であるという形で、それが全体の中の一機能のように捉えられもするが、Webというメディア全体の特性がこのインタラクション、即ち「対話」形式を包含しているということを確認しておく必要がある。

だから、読んでもらうことを前提にしたページでも、Webに向き合うとき人は、対話形式の中で「読む」のである。人との実際の対話の中で、相手が饒舌に語るのをひたすら聞く時間と同様に。
それを前提としてWebというメディアを捉え直してみると、いろいろなことが整理されてくる。 Web上で小説が読みにくいのは、Web上で配信される映像に集中しにくいのは、ディスプレイの形態上の問題もあるが、同時に、ワンウェイで受動的に「読む」[見る」という意識づけがされていなく、常に能動的に「書く」という行為に移行できる可能性を抱え持ったままにこのメディアに対するからである。
常に身体がホットスタンバイの状態で、リード/ライトの切り替えを待ち受ける緊張状態の中で接しているからである。
eメールが今やかかせないコミュニケーション・インフラとなった事実が、これを裏付ける。eメールは、敢えて時間を確保して「書く」というのとは違い、常に思いついた時に「書ける」状態をキープしていくことを可能にし、それを生活の常態としたのである。

「ワンソース・マルチユースの発想の「先」」に書いたこと――「Web、携帯メディアでは、当初より文字情報が独自に配信されてきた。既にインディペンデントな別のメディアとして成熟してきているのである」――とは、だからこの「対話」形式を大前提としたメディアに見合った成熟の仕方を指しているのである。

オンライン書店である「イーエスブックス」(イー・ショッピング・ブックス株式会社)の中に「みんなの書店」というサービスがある。登録しさえすれば誰でもが自分なりのオンライン書店を開店できるというサービスである。
書店の名前を決め、販売方針を決め、販売したい本を選び、カバーの画像を入れ、書評(レビュー)を書く。そして並べた本が実際にどれだけ売れたのか、来店者数や総合順位も確認できる。更に「月別推移表」「売れ筋商品一覧」で書店の詳しい経営状況も確認できる。勿論これは実際の経営ではないシミュレーションなのだが、売上は実際の数字である。2003年8月現在、15000店舗強の個人書店がオープンしている。

本は説明型の商品であり、体験型の商品である。読書は自己体験となり、そして自分の読んだ「感情を動かされた本」は人に勧めたくなるという特性を持っている。オンライン書店は実際の「もの」としての本を手に取ることができない代わりに、顧客が書き込むことが可能である。「みんなの書店」とはその特性と顧客心理を結びつけたサービスなのである。
顧客のその本の内容を広めたい自然な気持ちを書き手として活かす。その効果が売上数字の形でフィードバックされ書く内容が磨かれる。それがビジネスとしての販売に直結する。そしてまた新しい書き手が生まれる。そういう自然な循環環境を「みんなの書店」は築きつつある。

JAGAT主催のシンポジウム「顧客の顔が見えるメディア」(2003年7月16日開催)の中で、イーショッピングブックス株式会社の鈴木社長から、「みんなの書店」で掲載している書評のうち、プロのライターが書いたものとアマチュアが書いたものとで売れ行きを比較したところ、例えばアマチュアの主婦が書いたものの方が売れ行き良かったという話があった。
「Amazon.co.jp」(アマゾンジャパン株式会社)でも、カスタマーレビューができるようになっており、やはりプロの手になる書評よりもアマチュアの顧客自らが書き込んだ書評により売上が伸びているという。

プロのライターは「字数の枠組み」の中で書くことにより対価を得るのが標準である。更に言えばそのプロのライターとは(恐らくは)紙メディアに立脚したライター、紙メディアのアナロジーでWebメディアを捉えてしまうライターである。
しかしアマチュアの顧客による書評は、対話形式を包含したWebメディアに対して素直で、自由で、断章の形も多くそれがかえってWebという読書環境では、有効であるということを示している。

これまでもさまざまなWebの書込みメディア、コミュニティメディア、メルマガあるいは通常のメールで十分に実感していたことだが、アマチュアの書き込みには、伝えたい内容を丁寧に表現していく姿勢が多く見られ、「書き手の顔が見える」ケースが多い。ある種のプロのライターがつい身につけてしまう、紋切り型にものごとを把握し紋切り型に表現してしまう部分が少なく、着眼点のみずみずしさが多いのも事実である。
しかも「読む/書く」の相互運動に対応したスピード感の調整能力が高いケースが多く見られる。
Webという「対話」型のメディアは、間違いなく一般の人々のリテラシーと表現能力を鍛える役割を強く持っていると言えよう。

Webの特性から、恐らく今後「専門書評家」「専門評論家」等々、専門執筆者の裾野が大きく広がっていくであろう。
「日記」「エッセイ」「評論」「物語」の人気作家も出てくるであろう。そこからプロになる人間も出てくるだろう。これまでのように、Webで人気を得たテキストがプロとして認められて紙でデビューする、というような形のみならず、Webの中で表現をしそれにより対価を得る形のプロが出てくるだろう。(実際ブログ、メールマガジン等など、Web上での人気作家は既に多数いるが、そこでの収益でプロになっているとは、なかなか言い難い)。
また、Webの持つ対話形式に見合った表現技法も生まれ、そこから表現者もでてくるだろう。

だがそのためには、受け皿としてのメディア、それも収益を伴うビジネスモデルが構想されなくてはならない。
標題の「顧客を販売主に変えるメディア」とはとりもなおさずWebメディアに代表されるインタラクティブなメディアを意味し、だから牽強付会でもなんでもなく、それを「読み手を書き手に変えるメディア」と言い直しても良いことなのである。
そして、そうやってどんどん発想し直していくと、どこかでビジネスモデルのヒントが見つかるかもしれない。

2003/08/07 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会