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物語マーケティングの力

eメールを活用したマーケティング・モデルの老舗で「美穂の旅」(http://travel.teglet.co.jp/)というWebサイトがある。株式会社テグレット技術開発が運営するこのサービスを言葉で説明するのはひどく難しい。

マーケティング用語でコンテクスト・マーケティングという言葉がよく使われる。ユーザー行動の背景にあるコンテクスト(文脈)に則して行なうマーケティングで、個々人の日時・場所・行動などの状況に沿った形でタイミング良く、情報やサービス、商品を提供していくマーケティング手法のことである。このコンテクスト・マーケティングの一つに物語マーケティングというものがある。設定したストーリー(コンテクスト)にユーザーが感情移入することで成り立つマーケティングである。
「美穂の旅」は、この物語マーケティングをベースにしている。このモデルの真髄は、インターネットというメディアの特性を活かした、ユーザー心理を巧みにくすぐる物語マーケティング手法である、という点にある。

「美穂の旅」を言葉で説明するのは困難なものの、実際の仕組みはシンプルにできている。
サービスの概要は、「まず会員登録を行なう。会員登録の際の入力情報は3ページ30項目ほどもあり、この情報に基づいてその人にふさわしい世界各地の旅行(情報)が提供される。実際に旅をするのは、会員が選んだ自分の分身という設定で、その分身が旅人として世界の様々な場所を旅行し、そこからメールで報告をよこす。コースによって日数が決まり、5日〜2週間、15通から30通のメールが届く。旅先で撮った写真も入ってくる。自分の分身からのメール報告で会員も、旅行を追体験する感覚になる。特許出願中。」というものである。
会員登録時の敷居の高さを除けば、送られてくるメールを楽しみに待ちながら、都度それに対応していくだけの簡単な仕組みなのである。

これを物語マーケティング・モデルとして説明し直してみる。
サービス提供者側は、作家(物語、旅行、等)を用意し、ユーザーが「実時間」の中で感情移入できる書簡形式のストーリーをユーザーの属性分類に合わせて複数書き起こす。ユーザー側は、自分の属性を登録し、語り部(書簡の送り主)となるキャラクターを選ぶ。そしてサービス開始。定期、不定期にメールをメインに、そこからWebページに飛ばすことなども組み込みながら、自分の選んだキャラクターから、手紙形式の「物語」が届き、ユーザーはその都度読んでいく。

要するにユーザーは「大きな物語」の断片を、「物語の中の時間軸=リアルタイムの時間軸」という関係の中で順次読んでいく、ということになる。
そしてユーザーがその物語の世界観を理解し、感情移入/自己投影をはじめるタイミングで、マーケティングを導入すると効果が出てくる。対価を払うことを含め、質問(アンケート)でも、懸賞付クイズでも、商品紹介でも、物語の文脈(コンテクスト)に沿ったものであれば、ユーザーはそれに参加する強い動機付けをもったコアユーザーとして参加する、と考えてよいのである。

いまここで素早く安く安心してサービスを受けたいという目的的需要とは別の形で、ユーザーを巻き込み自ら「体験」してもらうことで主体意識をもった理解者としてのユーザーを作ることができるのである。

メールソフト「ポストペット」も実時間の中で進行する「物語」ということも含めて、正に物語マーケティングの成功事例と言える。
また、「ボトルメール」(運営=有限会社情報建築)というものもある。インターネット回線を海に見立て、そこに海流に乗って誰に届くか分からないボトルに詰めた手紙「ボトルメール」を流すという、いつ誰に届くかわからないメールシステムで、卓越した着想のコンテクスト・マーケティングのバリエーションではあるが、実際のところマーケティングには向かない。

しかしこの「ボトルメール」は、つい忘れがちというか感覚しにくいインターネットのメディア特性を再確認させてくれる。インターネットとはそもそも無限増殖していく宇宙空間のような存在である。地上のように有限な土地があり、その物理的範囲の中を埋めながら広がっていく存在ではなく、無限に広がることが可能な存在なのである。だから、そもそも全体図、地図という考え方が当て嵌まらないメディアで、全体像を誰も一望できないメディアなのである。

また、インターネットの活用形式で言われる「プッシュ型/プル型」はどちらもが「点(空間)」で情報を捉える機能合理的なものである。これに対して「線(時間)」で情報を捉えることをベースに敷いたのがコンテクスト・マーケティングの手法で、これを活用することでインターネットというメディアを通して自然な感覚で「読む」というスタイルが生まれうる。
インターネット上での「読書」の新しい形式「劇場型読書」である。劇場型とは観客と演者が同一の時間×空間の中で見る(演じる)-見られる(演じられる)の関係を持つことである。その読書形式の原型をこの「美穂の旅」に見出すことができる。

しかしこの手法を成功させる為には、フィクションにしろノンフィクションにしろそれをストーリーとして語るプロの作業が必要となる。世界観があり、キャラクター(キャスト)が設定され、そこに「魅力的なストーリー」を走らせる、そうして初めて感情移入可能な物語が完成する。
その意味では、ロールプレイング・ゲームに代表されるTVゲーム、またはアニメーションと商品開発の関係作りは参考になる。
また、携帯とGPSが連動して、位置情報の受/配信、誘導ということが可能となった。ここに物語マーケティングはふさわしいのである。

最後に敢えて書き足すなら、コンテクストを組んでいく作業を「編集」と言う。そして、このコンテクストを組み上げる「編集」作業は、DAM(デジタルアセットマネジメント)を中核としたクロスメディア展開の中で非常に重要なファクターとなってくる。扱いが難しいため簡単には実行できないが、その象徴として「物語マーケティング」というものがあるということである。

2003/08/21 00:00:00


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