印刷もIT産業も同じような状況がある。値段も下がる,利益が下がる。変化の速度も,頻度も大きくなって予測がつかない。ここで大がかりな投資というのは,ばくちだから手が出せない。ソリューションも要件がコロコロ変わるので,新しいビジネスモデルに投資しても,かけたコストは回収できない。このようなことはこれまで経験したことがないので,これまでのやり方は通用しない。
PAGE2004【D6】セッション「印刷ECの本番に備えて」では、ITやECのバブル期のいろいろな浮き沈みも見てこられて,コンサルティングで企業の内側のこともいろいろご存じのbrain.designの佐々木雅志氏は、今は大掛かりな投資をするよりは改善を積み重ねるべきで、また今までと違うビジネスのやり方でもうけるためには,お客に対する見方,競争に対する見方を変え、それに対応する意識を変え、そして行動を変えるべきと話した。
松井証券はネットで成功しているビジネスの代表格として,楽天と並んで大きく取り上げられることが多いが,その社長は証券の手数料収入が自由化されたあかつきに、売り上げは10分の1になっても食べていくためにどのような組織にしたらいいかを考えていた。既に素材産業のほとんどは,半分以下の売り上げで利益を出さなければいけなくなっているし,この10年間で素材メーカーの従業員は半分近くまで減ったように,今日のスピードやサイズの変化に対して,結構柔軟に対応してきているように見える。
ところが,IT業界と印刷業界は結構似ていて、単価がどんどん下がってどうやって利益を確保するか悩んでいる。実はIT業界ももう物は売れないから,これからはサービスだと言っているのだが,サービスの単価もどんどん下がっている。ダウンサイジングとオープン化で,今1億円以上の案件というのはIT業界でも少なくなっていて,過去の10分の1程度の案件規模,4分の1以下の開発期間でも,同じレベルの品質を求められ,10倍の数の案件をこなさないと売上高さえ維持できない。なぜこのようなことが起こっているかというと,受注構造が変わって,環境が変わったにもかかわらず,新しいビジネスを思いついて,実行できる人を作ってこなかったからだ。
ECは新しい価値と関係性を見い出して行うもので、もはや技術の問題ではない。ネットビジネスも「ビジネス」であり、アメリカの宅配便のFedExは1994年にインターネットで自分の荷物がどこまで行っているか追跡するサービス開始したが、それは電話の時代からリアルタイムのトラッキングシステムがあって、それをインターネット上で公開したものである。ネット以前の自分のビジネスを強くしていく必要がある。ECは、事業規模の壁を超え,距離の壁を越え,時間の壁を超えるという話だが,結局超えてしまったときに,何が自社のコアとして生かされていくのか?
買い手に近づこう。お客さんが今抱えている問題をもっと積極的に,一歩踏み込んで聞き出して,その問題を解決するために「うちにはこんなことができます」ということを言う。「あなたが持っている問題を,こうやって解決します」という提案をする。それが経営者と営業に本当にできるかというのが,印刷会社が自分でECをやるなら問われてしまう点でもある。しかし前述のように印刷業やIT産業よりも今はユーザーの変化の方が激しい時代である。印刷にかかわるお客の問題をコンサルティングで解決して,その結果,副産物として印刷物が納品されるぐらいの気持ちであっても構わないだろうと佐々木氏はいう。
佐々木氏が関わった保険会社のカタログの発注システムは、それまでは,特定の印刷会社にDTPから全部をお願いして,半年分ごとにカタログを刷ってもらっていた。これは印刷物に再版を依頼するときの納期からくる問題で、保険会社から見たらカタログの在庫がなくなることによって機会損失が発生しないためだが、その結果、印刷物の7割ぐらいが余っていた。ここを改善するために「製版した会社はPDFで納品」と,今後印刷はPDFを印刷してくれるところオンライン発注するようにした。
納期優先で,2か月分だけの小ロットで,それを最短納期で納められるところに発注しただけで、ユーザーはコストが6割減らせた。取引印刷会社は,この発注方式に対応できなくなると商売が取れなくなるから,半減したが,応じた業者は需要が増えた。つまりお客さんの利益は別に増えていないのだが,機会損失を防ぐということができ,そのままキャッシュを残すことに成功した。こうしてこれを提案した印刷会社にもメリットがあった。これらは特別な開発でもない。素早く,小さく,仕組みが分かる程度に作って,見えるようにしておく。それを拡張していく。これが今の時代のIT投資の筋道であることを佐々木氏は力説した。
2004/02/29 00:00:00