スポーツなどの肉体の限界を前に進めるのは大変困難だが、科学技術は人の頭の使い方によって進歩し、それが社会や生活・ビジネスを変えてきた。ものは考えようで、困惑して立ち止まるのも、壁を乗り越えるのも、その人のものの考え方次第である。特に技術変化にもまれる今日では、せっかく獲得した知識やノウハウがすぐに使い物にならなくなるリスクが高い。だから、少なくとも数年は行き詰まらないで、さらに現状の壁を打破できるような考え方を身に付けたいものだ。
例えばキーボードのような枯れた技術になると、今更効率のよいキーボードを開発するよりもGUI・WYSIWYG(死語?)のインタラクティブな操作方法を開発したほうが効果が出やすい。だからキーボードでコンピュータシステムの差別化をしようというのは、逆にものすごく凄い技術をもってこないとできないので、少々不満があってもみんな同じキーボードを使うことになる。
しかし現在発展中の技術は、ある目的のために何通りか同じような方法が存在するものである。今でこそ当たり前になったネットワークも10年ちょっと前は各社いろんな方式があった。それらの最初は仕様上の若干の優劣があっても、エレクトロニクス全体が技術革新で底上げされると、いずれもみな用が足りるという点では同じになる。では何が生き残る要因なのだろうか。第一はシェアの獲得したところで、その前提としては低コストという要素が大きいだろう。しかし根本は普遍性であろう。
事実、ハードウェアとしてはイーサネット、通信サービスとしてはインターネットが、簡便な方式であった故に普及したといえる。昔はホストコンピュータに端末がぶら下がるようなネット利用が多く、また端末の場所や台数が固定的で、ホストで利用者を管理することが行われていて、今のようなノートパソコンを持ち歩いて行った先でネットにつなぐようなことは想定されていなかった。しかしイーサネットは複数ユーザが一つの通信路をパケット通信で帯域をシェアする方式であり、しかもネットのどこからでも勝手にアクセスして通信が衝突したらやり直すという単純な方式で、パフォーマンスが最高というわけではないが、むしろ柔軟性では最高であったところが生き延びた要因といえる。
インターネットの技術も米軍の無線通信に由来するように臨機応変に使えるもので、目的地に至る経路が予めわかっていなくても、探索しながらたどり着く構造である。両方に共通しているのは、アクセスの都度ごとに必ず成功することは保証しないが、やり方を変えてアクセスを繰り返すうちに、結果的にはつながるというものである。これはそれまでのコンピュータが高信頼性を下から積み上げるようにして設計していたのとは異なる発想で、世界規模のオープンなネットという大きな目標に向かう枠組みを先に作って、網の設置とかデバイスの開発という実現手段があとから追いかけてくる考え方である。
この10数年を振り返れば、まさに技術革新の進捗に応じて世界規模のオープンなネットは実現してきた。こういった土台はだいぶ枯れた技術となったが、その土台の上に咲いたWEBやXMLの技術はまだ揺籃期である。ではそれらは今後どのように発展していくのか? その答えは見え始めている。つまりネットの利用者が自分の欲しいものにたどり着くための大きな枠組みが考えられていることと、そこに向かう技術の段階が明らかにされ、順次必要な技術がオープンな形で開発され、結果が標準化されて技術が廉価にシェアされ、利用局面でも少しづつ理想に近づきつつある。それがセマンティックWEBである。
イーサネットやインターネットがネットワークのインフラ部分に目的地への到達の仕組みを組み込んだような考え方であるのに対し、セマンティックWEBはネットで参照されるデータに到達の仕組みを組み込むような考え方であり、両者は非常に似ている発想である。それもそのはずアメリカの主たるIT企業は、それぞれの研究所に「サイエンティスト」を擁して、目先の技術だけではなくITでフロンティアを創り出すような研究開発を行っていて、今の商品と将来のビジネスをつなげて低リスクで開発でき、経営が永らえられることを目指している。
アメリカの科学的で合理的な解決法は月に人類を送って戻らせるような計画を建てて、多くの人の英知を集めて実行したわけだが、セマンティックWEBというのもオープンなプロジェクトながら、その哲学的な一貫性に共感して情熱をもって開発に加わっている人は多い。こういうサイエンティストの情熱がベースである点が、ビジネス指向の日本人にとってはセマンティックWEBを判り難くしているのかもしれない。
しかしすでに日本でもどこでもRSSやRDFは使われるようになっており、それは今の用途だけで終わるのではなく、その先にはセマンティックWEB構想に沿った発展があることは明らかだ。セマンティックWEBを通して、われわれITの中で仕事をする者は、いったいどんな「考え方」をすべきか、学んでみてはどうだろうか。
関連情報:2005年8月25日(木)通信&メディア研究会 ミーティング セマンティックWebとオントロジー
2005/08/19 00:00:00