ファクトチェック

掲載日:2024年11月18日
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近年注目されるファクトチェックについて、取り組みの経緯と国際的動向をまとめます。

2024年は世界的に注目を集める選挙の多い年である。

6月には欧州議会選挙があり中道右派勢力が議席を維持して現職のフォン・デア・ライエン委員長が再任、7月にはイギリス下院選挙で労働党が6割以上の議席を獲得し、ブラウン政権以来14年ぶりに労働党の単独政権となった。

そして11月にはアメリカ大統領選である。候補者による直接討論会で各メディアに注目されたのが、「ファクトチェック」である。候補者の発言に事実と異なる内容が含まれているかどうかを、司会進行者が即時に確認し視聴者に伝えた。ファクトチェックは、単に「事実であるかどうかを正確に確かめる」趣旨だけでなく、「議論の方向性を意図的に操作しようとしても、現代では言説が客観的に判断されるため無意味である」ことを参加者に認識させることに大きな意義があると感じられた場面である。

ファクトチェックの起源と広まり

立岩洋一郎・揚井人文著『ファクトチェックとは何か』(岩波ブックレット、2018)によると、ファクトチェックの起源は、1920年代にアメリカの出版社が印刷前に事実の誤りがないかどうかをチェックする「Fact-Checker」という専門職を置いたことだという。現在の印刷工程でいえば、「校閲」が最も近い業務かと思われるが、「誤字・脱字のチェックにとどまらず、必要があれば取材者が集めた資料を取り寄せるなどして徹底的に記事の正確性を検証していた」とされており、原稿内容に踏み込んで再取材をする場合もあったという。記者や編集者というコンテンツ制作の川上での職務とは別の立場で、報道や伝達における客観性が重視されていたことがわかる。

現在では、こうした公開前情報の事実確認作業からその趣旨は変化し、公表された情報について、発信者とは異なる中立的な立場にある第三者が検証する取り組みが「ファクトチェック」であると定義されている。2015年にはアメリカのポインター研究所により国際ファクトチェックネットワーク(IFCN)が設立され、その後各国に取り組みが広まった。2024年現在全世界で172団体がIFCNの認証を受け活動している。

近年、一般生活者がファクトチェックという言葉を頻繁に耳にするようになったのは、SNSによるフェイクニュースや捏造記事の拡散が社会問題化したことがきっかけの一つである。人の心理を悪用する情報発信は、利用倫理とガバナンスが定まらないまま新技術が普及したことにも起因しており、ファクトチェックの必要性に注目が集まった。

「事実確認」や「校閲」と何が違うのか

IFCNの基準によれば、ファクトチェックは報道機関などで長年で行われている「事実確認」とは目的やプロセスが異なるという。報道前の事実確認は、報道にふさわしい正当性を備えているかどうかを判断するためのチェック工程であり、明確な根拠がない場合には報道を控えるという対応をとることが多い。一方ファクトチェックは、公表された情報について、論拠の明確さや事実関係を示す資料の存在を確認し、真偽の判定結果を数段階に分けて公に示す。

発信される情報について、公表前に正当性の確認を発信者自身に義務付けるのは、事実上不可能である。法律で言動を規制することは、言論の自由の制限につながりかねない。また行き過ぎた内容の発信であっても、その結果もたらされた不利益を証明することによって法律的制裁を加えるには、相応の困難が伴う。ファクトチェックは、公正な基準に基づいて情報源や検証プロセスの透明性を担保したうえで真偽判定を示すことにより、論拠なく公言や発信を行う姿勢を間接的に規制する方法になり得る点が大きな違いであるといえる。

情報の中立性とどう向き合うか

総務省「令和5年版 情報通信白書」によると、「ファクトチェック」という言葉を知っている、または聞いたことがある、と答えた人の割合は、2022年時点で日本国内では46.5%であり、アメリカ95.2%、イギリス89.5%、韓国96.6%に対し著しく低かった。国際紛争が情報戦化している昨今、フェイクニュースによる世論操作が話題となり始めていた時期ではあるが、それでもこうした第三者機関による確認の方法があることを認識していない人が多かったことが分かる。

誰もが時や場所を選ばず情報の発信者となれる現代では、発信前に客観的事実の確認を原稿執筆者以外の第三者が行うことは難しく、発信者がモラルを持って行うことに期待したくとも、モラルのすべてを人に強制できるものでもない。受信者がリテラシーを身に付けること、また何らかのガバナンス体系を整えるといった対処方法の在り方が問われている。

(JAGAT 丹羽朋子)

Jagat Info 2024年10月号より加筆修正