『未来を破壊する』から読み解く、印刷会社の新たな役割

掲載日:2014年9月18日


『未来を破壊する』は、グラフィックアーツ業界でコンサルタントとして著名なジョー・ウェブ博士が、印刷市場の現状分析と業態変革の提言を行っている書籍である。


JAGATでは、セミナー「徹底討論!『未来を破壊する』とは何か」のなかで、錦明印刷 塚田 司郎氏、フォーム工連 山口 実氏、ブライター・レイター 山下 潤一郎氏をパネラーに迎え、ディスカッションを行った。(モデレータ JAGAT 郡司 秀明)


郡司:景気が悪くなってきて、これからは営業が大事だ、提案型の営業が大事だというが、ウェブ博士のこの本では、そういうことをバカにしている。それよりも増注ではなくて、新しいビジネスを作れ。開発しろということをしきりに言っている。私は納得する。

塚田氏:うちの会社では、ある製薬会社が新薬をマーケティングしているときにDMを作り、DMの返信率が3%くらいだった。クライアントからもっと返信率を上げたいという要望があったため、封筒を使わないDMを提案した。また、プレゼントを付けることを提案した。製薬会社のマーケティング先は、病院の先生である。アンケートに回答したら、先生の名前を入れた卓上カレンダーを作ることを提案した。

最近は企業のマーケティングチームは若い女性である。うちのデジタル印刷の営業も若い女性である。女性同士で話して盛り上がってそういう(製薬会社のプレゼント提案)企画になった。その結果、返信率が約15%になった。12~13%返信率が上がったと喜ばれたのだが、企業のマーケティングチームは何人しかいないので、それだけ返信ハガキが返ってくると、試供品などを送り返さないといけないし、アンケートの分析もしなくてはいけないということで、向こうではとてもできないからそれもおたくでやってくださいということになった。

そこで事務局を作って事務局代行をして、アンケートの分析、預かった試供品入れをうちで作り、プレゼントを同梱してお送りする。そういうサービスをした。分かったことは、先生が送ってくる名前が本人の名前かと思ったら、割と女性の名前が多かったということである。奥さんか娘さんか、医者の先生も誰かに差し上げたいのだと感じたのである。

具体的にどういうふうにしているのかと思いながら読むと、この本(『未来を破壊する』)も面白いと思う。

郡司:山下さん、日本の印刷業を見て、ここはおかしいということが何かあるか。

山下氏:言葉を選ばなければ、内側に閉じている、外と中を明確に分けている。言葉が1つ1つ特殊である。それはいい意味でも悪い意味でもある。パソコンやスマホが普及して、スマホから印刷物の発注もできるようになったが、普通の人がカッコいい年賀状を作りたいとかサッカーのチームで試合があるのでカッコいい案内を出したいというときに、簡単に話せる相手がいない。言葉が違うし、どこに行くとそういう話しができるのか分からない。言葉の話もそうだし、先程のインバウンド、アウトバウンドの言葉でいくと両方ともやっていなくて、マーケティングコミュニケーションが自社についてはほとんどできていない。

私は新宿区にオフィスがあるが、「新宿区の印刷会社」と探しても大きな印刷通販が出てきて、実際に新宿区の印刷会社さんが出てくるのはかなり下の方になる。そもそも、どこにどう話しをしていいのか分からない。一般の視点でもそうだし、これは本当に聞いたことがあるが、発注者さんが今使っているところから変えたいときに探しても見つからないということがある。

どこにどう聞けばいいのか分からない。色々な意味でコミュニケーションが上手く取れていない。コミュニケーション不全に陥っているのではないかというところが印刷業界の一番よくないところではないかと思っている。

郡司:発注の仕方も分からない、何も分からないというイメージであろうか。

山下氏:知っている人しか分からない。

郡司:山口さん、何かあるか。この辺がだめなのだ、ジョー・ウェブ博士はこの辺を言っているのだとか。日本のビジネスに置き換えてどうか。

山口氏:フォーム工連にも言えることがだが、私が一番悩むところは、印刷会社が相手にしているところが印刷会社であるということである。要は、印刷会社から受注を受けている印刷会社が多いということである。悪く言えば下請である。仲間内の仕事がぐるぐる回っている。

この比率が多い会社がある。100%自分では営業活動をしていないというところもある。そういう会社に対してどうやって業態変革を求めていくべきか。下請からの脱却と言われているが、そういう会社がどうやってコンシューマの問題解決型の印刷企業として変革してくのか。この辺が一番の悩みであるし、変革を求めなくてはいけないところだと思う。

特にアメリカのビジネスフォーム業界は製販分離をしている。製造は製造に特化している、営業は営業に特化して、1つのプロバイダーのような形になる。そのような業態にビジネスフォーム業界が変革している。日本の印刷業界もどちらかにシフトしていかなと、なかなか業態変革は難しいのではないかと思う。

塚田氏:経営の現状では、なくなっていけば何か価値を生まなければいけないわけなので、いつまでもレッドオーシャンの中にいたのでは会社の将来はない。そんなにきれいなブルーオーシャンがどこにあるのか知らないが、少しでも場所を移動しないといけない。

設備であっても仕組みであってもいいが、何か差別化することを提案して自分のビジネスを少し移さないといけない。すべてのものがこうなると言っているのではなくて、既存されている部分は補わなくてはいけないし、そのためには同じことをやっていてもしようがない。基本的には需要が減ってオーバーサプライになって、事業の機会が減って価格が落ちる。こんなことは当り前である。どうやって自分のビジネスをシフトして違う局面を作るのかということが基本である。しかし考え方は色々である。今のような印刷通販の考え方もあると思う。

郡司氏:今度はいいこと、何をすべきか。先程、山下さんが、実は日本の印刷業はアウトバウンドマーケティングもやっていないと。この本はインバウンドマーケティングで勝負しないと未来はないという話しをされている。

そこの中でのビジネスが日本の印刷会社に可能かどうかということまで含めて、具体的にこうやるべきだということを、また山下さんから口火を切っていただこう思う。

山下氏:いいところは、非常に腕があるというか、スキルが高い。日本の印刷物のレベルは、皆さんも感じているように、非常に腕がある。印刷の技は、世界中でここまでのレベルを持っている人がいないということが1つ大きい点がある。

これは僕の個人的な意見だが、クロスメディアを実施するときに、紙のことを理解していない人はクロスメディアができないと思っている。実際にあるメッセージをクロスメディアに展開していて、それを紙に落とすあるいは屋外広告に落とす、それが大きいバナーなのかポスターなのか色々あると思うが、色とか組版を含めて、それをしっかり作れる人は印刷会社しかいないと思う。

ITの会社はできないし、ソフトウェアの会社もできない。それに対して、ITやWebについては対してはまだ学ぶ機会が多いし、まだ歴史も浅いので、今印刷会社が本気で取り組むとFacebookだろうがtwitterだろうが、使い方なども含めて充分に理解して提供できるレベルにある。

逆にITの会社が紙の組版や色について勉強するのは無理だと思っている。機会もないし、そんな簡単なものではないので、そちらから入ってくることはあまりない。

そういう意味で、印刷会社がクロスメディアのサービスを牽引していく余地は非常に大きい。そしてそれを実施するにあたっては、この本にも書かれているように、クロスメディアというものをまず自分で実践してみる。やっていない人が想像するよりも遙かにとっつきやすい部分もあるので、まずは取り組んでみて、それを紙と組み合わせるとこんな面白いことができるというところを自分たちなりに見付けて、それをお客様に提案していく。

先程の塚田氏の例にもあったが、実際にコスト削減がどんな感じになるのか、プレゼントを付けるとこんなふうに喜んでもらえるとか。それをクロスメディアで提供するとこんなことができるとか、そんな発想ができるのは印刷会社ならではだと僕は思っている。

郡司:私が思っているのは、印刷会社がクロスメディア展開をすると、どうしてもクロスメディア関係の方は撒き餌的な感じ。そこで損はできないけれど、撒き餌で寄ってくる。そっちの方が上手いかなと思うが、その辺はどうか。

山下氏:マーケティングの4Pでいう、Pricingを考えた際に、実際にものを売るというツールを持っているということは、逆にITにはできないところでもある。印刷物に対しての付加価値を高めるという意味で撒き餌として使う。そして、トータルのサービスとして売上とか利益率を考える。1個1個のサービスに値段を付けていくのではなくて、トータルとして利益を高める価格設定をきっちりやることが大事だと思っている。

山口氏:印刷業界はすべての業界に付き合いがあるはずである。産業界すべてに付き合いのある業種は少ない。印刷業界はすべての業種にコンタクトが持てるし、コミュニケーションが持てる。非常にいいスタンスにいる。

何が足りないかというと、クライアントの問題解決の企業として、印刷業界は成り得てないということである。山下氏からも技術的レベルなどが高いという話があったが、そのレベルを活かし切っていないと思う。お客様の問題は何かという本質を捉える営業が皆無ではないかという気がしている。

塚田氏の会社のように、お客様の経費削減とかシステムの向上とか、そのために印刷業界を使ってもらう。そのためにご指名をいただくという姿勢が印刷業界にあれば、まだまだ仕事が取れるのではないか。単に印刷物を受注として扱う。これはもう止めるべきだと思う。それから、何でもできますということでデジタル印刷機を各機械メーカーが売り歩いている。先程、集中する、選択するということがあったが、この仕事のためにデジタルプリント使うべきだという選択も必要だということがある。

うちの業界でデジタルプリントを入れている会社がかなりあるが、その30%は導入してからデジタルプリントがまるっきり動いていない。何のためにその機械が導入されたのかということをまったく分かっていないでメーカーの言われるままに機械を買っている。そこんなケースがあるのではないかという気がする。デジタルプリントを入れるときも、この仕事をやるためにという集中した選択が必要なのではないか。何でもできるではなくて違う捉え方も必要ではないか。この本を読んだ方が、日本の印刷業界を変革することがいくらでもできるのではないかという自信を持って欲しいと常に思う。

2012年8月27日T&G研究会「徹底討論!『未来を破壊する』とは何か」より一部抜粋、編集
ディスカッションの全文は、こちらをご覧ください

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