MOOCの広がりと登録者12万人のgaccoの取り組み

掲載日:2015年5月11日

2012年にアメリカから始まった大規模オンライン学習システム「ムーク(MOOC)」は、2014年に日本でも講座をスタートさせた(→参考:進む「学び」のデジタル化~拡大するMOOC(ムーク))。無料で受講できる新しい学習の形として社会人を中心に利用者を増やし、大学のプロモーション、ブランディングの手段としても注目されている。

今回、海外におけるMOOCの状況を日本オープンオンライン教育推進協議会(JMOOC)の福原美三氏に、オンライン大学講座 gaccoの取り組みについてNTTナレッジ・スクウェアの小林健太郎氏に話を伺った。

MOOCの海外動向とJMOOCの展開:
日本オープンオンライン教育推進協議会(JMOOC) 福原美三氏

オンライン上の無料講座を受講して課題を提出、認定基準を満たすと修了証が取得できるMOOC(ムーク)と呼ばれる新しい学習システムは、2012年アメリカで始まり、数年で世界中に広がった。講座は数週間で学べる学習コースで構成されており、大学講座を短縮した内容が多い。世界中で2000万人以上が受講している。

世界に目を向けると、2つの非常に規模が大きなMOOCがある。コーセラ(Coursera)とエデックス(edX)である。コーセラはスタンフォード大学教授らがベンチャーとして設立したもので、営利事業体を目指す団体である。日本からは東大が4講座を提供している。エデックスは、マサチューセッツ工科大学(MIT)とハーバード大学が始めたもので、大学連合による非営利組織である点がコーセラとの大きな違いだ。日本からは京都大学ほか東京大学、大阪大学、東京工業大学が参加している。

翌2013年にはヨーロッパや中国でも相次いでMOOCプラットフォームが立ち上がった。特にヨーロッパでは非常に伸びており、2015年4月時点で1254のMOOCがある。特にスペインとイギリスが多く、それぞれスペイン語圏、英語圏の人を意識しているためと思われる。分野としては、人文系 パソコン系 ビジネス系が多い。受講者層は転職やキャリアアップのためにMOOCを活用している20代、30代が多い。

日本でのMOOCの展開と今後の課題

世界でMOOCが拡大する状況で、国内でも、このままでは日本は取り残されてしまう、という危機意識が出てきた。そのため2013年春に検討がはじまり、2014年には産学連携で日本オープンオンライン教育推進協議会がスタートした。先行する欧米MOOCとのちがいは、公的な組織から資金を受けたり、ベンチャーから出資を受けるのではなく、できるだけ多くの組織から広く会費の提供を受ける点である。

2012年秋に民間調査会社がMOOCの希望分野について調査したところ、男性ではコンピュータサイエンス、情報テクノロジー&デザイン、統計学&データ分析、女性では栄養学、健康&社会、予防医学などが人気であった。

日本版MOOCでは、1週間を1セットとし、1回10分程度の動画と確認の小テストから構成される。それを5~10セット受講した後課題を提出する。1セットで大学講義1コマ分となる。学習者はひとりで受講しているわけではなく、オンライン上の掲示板でほかの学習者とディスカッションし、学習を深めている。

講座の修了率は世界平均の5%に対して10%以上と高く、学習者の満足度も90%以上と非常に高い。

提供する大学のメリットとしては、プロモーションとして活用するほか、大学によっては教養課程などで自学ですべて用意できない内容をMOOCでカバーするなどしている。

2015年4月からは大学だけではなく、専門学校等が提供する資格講座も提供が開始された。大学が提供する講義は学際的な内容が多く、ビジネス系の内容を求める登録の中心層となる20代~40代の需要に応える目的がある。同時に大学以外の機関からの講座配信を前提として、内容レベルを明示するためのカテゴリ認定も開始した。

今後の課題としては、学生、社会人、リタイアした方など多様なニーズに応えるようさまざまな分野の講座を提供する必要がある。現在登録が少ない10代、特に高校生にもMOOCで学んでほしい。100講座を開講し、100万人が登録することを目指している。また修了証の価値を高めていくため、企業のなかでの人事評価や採用基準に組み込むための議論も進めていく。

日本初の大規模公開オンライン講座『gacco(ガッコ)』の取り組み:
NTTナレッジ・スクウェア小林健太郎氏

NTTナレッジ・スクウェアは、有料・個人向けのイーラーニング提供会社で、温泉ソムリエ認定講座や整理収納アドバイザーといったラインナップの「Nアカデミー」を提供している。現在は講座数が200、会員は23万人である。

社会人向けイーラーニング市場規模は、この10年ほぼ変わらない。自社として新たな市場、新たなビジネスを模索するなかでMOOCが伸びていることを知り、Nアカデミーで得た知見を活かして日本版のMOOCを始めようということになった。

NTTドコモ、東京大学と共に、検討1年、その後、約2か月でシステムを開発し、2014年2月にgaccoをスタートした。
オープンソースとして提供されている「OPEN edX」のシステムをベースに日本向けにローカライズし、スマホ対応を加えた。現在までに44講座を提供。大学のほか、官公庁も積極的に利用しており、観光庁が提供する若手旅館経営者向けにバックヤードなど紹介しながら旅館経営のノウハウを教える「旅館経営教室」といった講座もある。この講座は修了すると、観光庁長官名の修了証が授与される。

gaccoの特徴としては、反転学習を取り入れている点が挙げられる。反転学習とは、基礎的学習部分は自宅で事前に講義ビデオを視聴し、教室では学んだ内容をもとに演習を行ったり、高度な内容をディスカッションやグループワークをして深く学習するスタイルである。アメリカだとMOOCで反転授業を行っている例は少ない。gaccoでは、半分程の講座でスクーリング=反転授業を行っており、1人数千円から1万円程度の参加費を払って授業に参加している。大学の授業でも反転学習としてgaccoを使っている事例もある。

修了証はPDFで発行している。学習者は自宅のプリンタで各自が出力するかたちだ。海外では有料で個人認証付きの修了証や専用用紙に印刷された修了証を発行しているMOOCもある。また、講座によっては、1000円程度の副教材を販売しているものもある。

今後の課題とビジネスモデル

gaccoそのものは、反転授業の受講料や企業研修としての使用料、講座制作費といった収入があるものの、システム費用などが高額で、現時点では収益的に厳しい状況だ。海外では、その学習者本人が講座を修了したことを認証した修了証(個人認証付き修了証)を有料で発行するビジネスモデルがあり、月額1億円規模のビジネスになっており、現在、gaccoでもこのモデルを始め、複数のマネタイズモデルを検討中である。

現在のところ順調に講座数、登録者数を伸ばしており、開始後約1年で登録者は12万人を突破した。講座はすべて無料で公開しており有料化は難しいが、講座を出す大学・企業側にとっては学びに興味関心を持つ多くの人が集まる「場」としての価値を提供することを目指している。さらに登録者へ向けては、将来的には修了証の価値を高め、就転職に活用できる等の受講メリットを感じられるような出口を設定できればと考えている。

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福原氏、小林氏の話を通じて、「オンライン教育の新しいかたち」というキーワードが見えてくる。gaccoのようなMOOC以外にも、生放送で社会人向けにビジネス向け講座を多数提供するスクー(2015年に全国10大学と連携して30本以上配信)や、ベネッセが2015年4月下旬からサービス開始を予定しているUdemy(ユーデミー)など、オンラインによる教育サービスは、さらに広がりを見せている(※2015/5/12追記:Udemyサービス開始) 。

(JAGAT 研究調査部 中狭亜矢)